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クニヒロの家は、住宅街の中にある二階建てのアパートだった。階段を上りながら、肩にかけた黒のボストンバックが重そうに揺れる。
クニヒロはいつも首にストラップを下げている。
だけど、その先にぶら下がっているのが家の鍵だと知ったのは、その日が初めてだった。
鍵穴に鍵を差し込んだ。
あたしの家には、学校から帰ると母がいるのに、クニヒロの家には誰もいなかった。
だから、少し不思議だった。
「お母さんは買い物?」
リビングのクッションに座りながら聞くと、「仕事」と言った。
「仕事?土曜日だよ?」
「土曜日も仕事」
「ふうん」
テレビの上に置かれた写真立ては、クニヒロと女の人が写ってる。あたしのお母さんと同じくらいの年齢に見えた。
彼の肩に手を置いて後ろに立ってるから、まるで守護霊みたいだ。
お母さんなのかって思ったけど、似てもいなくて、そうとも言い切れなかった。
なんとなく、お父さんはなんの仕事をしてるの?と言ってはいけない気がして、「喉乾いた」とクニヒロが少し気の抜けた炭酸水を持ってきてくれるまで、口を閉じていた。
飲んでから「甘い」って呟いた。
カラカラ回っているのは扇風機。優しい風がべったりとした肌に当たる。クニヒロはあたしに、扇風機の前を譲らず体育座りで、風を浴びていた。
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