1.

6/6
146人が本棚に入れています
本棚に追加
/29ページ
クニヒロの家は、住宅街の中にある二階建てのアパートだった。階段を上りながら、肩にかけた黒のボストンバックが重そうに揺れる。 クニヒロはいつも首にストラップを下げている。 だけど、その先にぶら下がっているのが家の鍵だと知ったのは、その日が初めてだった。 鍵穴に鍵を差し込んだ。 あたしの家には、学校から帰ると母がいるのに、クニヒロの家には誰もいなかった。 だから、少し不思議だった。 「お母さんは買い物?」 リビングのクッションに座りながら聞くと、「仕事」と言った。 「仕事?土曜日だよ?」 「土曜日も仕事」 「ふうん」 テレビの上に置かれた写真立ては、クニヒロと女の人が写ってる。あたしのお母さんと同じくらいの年齢に見えた。 彼の肩に手を置いて後ろに立ってるから、まるで守護霊みたいだ。 お母さんなのかって思ったけど、似てもいなくて、そうとも言い切れなかった。 なんとなく、お父さんはなんの仕事をしてるの?と言ってはいけない気がして、「喉乾いた」とクニヒロが少し気の抜けた炭酸水を持ってきてくれるまで、口を閉じていた。 飲んでから「甘い」って呟いた。 カラカラ回っているのは扇風機。優しい風がべったりとした肌に当たる。クニヒロはあたしに、扇風機の前を譲らず体育座りで、風を浴びていた。
/29ページ

最初のコメントを投稿しよう!