彼方の場景

7/36
前へ
/299ページ
次へ
       ―ユーカリノ区国境地帯 Ⅱ―    楔のある場所へは時間半ばほどで着いた。 ミナは馬車内での会話に疲れてしまって、よたよた歩いていたら、デュッカに背を支えられた。 「具合が悪いなら少し休め」 触れられた背が敏感になっていて、ミナは途端に緊張感を取り戻した。 「いえっ、大丈夫です!」 デュッカは目を細めてミナを見たが、何も言わなかった。 楔のところに寄って、仕事を始める。 あとどのくらい保つか、維持量は完全体値か、ほかに問題はないか。 こちらは、礎と違ってすべて完全体で、補助石の個々の値に違いはなく、使われている値は適正だった。 そのことを書いた報告書をセラムに送ってもらうと、ミナは振り返ってデュッカに言った。 「終わりです、帰りましょう」 そうして馬車に戻ろうとして、ふと、ひとつの彩石に目が向いた。 それは、ミナが両腕を回してちょっと足りないくらいの太さの木に張り付いているサイセキで、小さいが、何か妙な気配だった。 ミナはそちらに寄って彩石を取った。 それはきれいに取り外せ、よく見ても、やはり気配がどことなく違う。 ミナはふと思いついて、サイセキが付いていた木のなかを探った。 手袋をはめた両手で木に触れ、深く、石の気配がないか。 すると、わずかだが、石の取り付いていた部分に力の残り香が感じられた。 それは木の内側にある。 ミナは改めてサイセキを見た。 今探った力の残り香である、木の気配が感じられた。 近くで目を凝らすと、木の香りがした。 ミナは思わずサイセキを顔から離し、すぐに近付けて左の手で香りを広げる仕草をした。 するとやはり、木の香りがする。 振り返って木の幹に近寄り、匂いを嗅ぐが、感じられない。 イルマが近寄ってきて、匂いを知りたいんですかと言った。 「あっ、うん、そうなの」 するとイルマは、小刀を出して幹の表面を削ってくれた。 「ありがと!」 もらった幹の欠片の、内側にあたる部分の匂いを嗅ぎ、彩石の匂いを嗅いで、同じことを確かめた。 「イルマ、木に出現した彩石の匂い嗅いだことある?」 「ありませんが、感じた覚えもありません」 植物にも、直接出現する彩石は珍しくない。 だが、匂いが移るようなことはないはずだ。 実際、選別場でたくさんの彩石を扱っているのに、職場は無臭だった。 ミナは顔の前でくるりと彩石を回し、再度匂いを確かめた。
/299ページ

最初のコメントを投稿しよう!

11人が本棚に入れています
本棚に追加