馬車旅

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       ―採石地区の道―    その茶屋のあと、ミナの乗った馬車と、ハイデル騎士団の乗った馬たちは、東へ進路を取った。 馬車のなかから外を見ると、深い森があり、緑の影が落ちていて、ミナは、ああ、帰ってきたなと思った。 そんな風に思った自分が可笑しくて、少し笑顔を見せる。 「どうした?」 急に問われて、ミナは戸惑いながら答えた。 「帰って来たんだなって思って。おかしいですよね、自宅に行くわけでもないのに」 デュッカは少し首を(ひね)って、俺には帰るという意識がないな、と言った。 「同じ場所に戻ったとは思うが。それはおまえの言う帰ったとは違うのだろう」 ミナは少し寂しくなって、でも笑顔を見せた。 「そうかもしれませんね」 デュッカは触れたくなって腕を上げたが、イルマの視線に気付いてやめた。 こういう話はふたりきりの時にしよう、と思う。 そんな彼らを乗せる馬車は、なかなかまっすぐ進めない。 採石場がそこかしこにあるからだ。 採石場のある箇所には木々がないため、陽が射して、彩石を照らしている。 「綺麗ですねえ」 いつもは感覚を休めるために見ないのだが、蛇行のためにゆっくり走る馬車からのんびり見ているのは、なかなか気持ちの良いものだった。 大雑把に大、中、小と規模の違う採石場は、それぞれに違う景色で、そのうちミナは、中規模採石場の彩石の様子に、窓に近付き、目を凝らした。 それから、彩石の泉が現れるたびに目を凝らし、そのうちデュッカに目を塞がれてしまった。 「何を見ている」 ミナは見られていたことに恥ずかしくなりながら答えた。 「いえ、中規模彩石場のなかに4色サイセキが多い気がして。見比べてしまったんですけど、今度採石するときに見ればいいことですよね」 デュッカは両目を細めてミナを見た。 「ただの移動でそんなことまで考えるな。今はいいかもしれんが宿に戻ったときに疲弊しているだろう」 「はっ、はい…」 怒られてしまったと思い、身を縮めていると、デュッカは、ぽん、と、ミナの頭に手を置いた。 「怒ってはいない。心配している」 それに、仕事のことばかり考えていられると、(さら)って考えられなくしてやりたくなる。 あまりに懸命過ぎて、また倒れてしまわないか不安だ。 「すみません…」 体を小さくする様子がかわいらしくて、頭に置いた手をするりと落として顎の下を撫でる。
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