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「こ、こんにちは」
「うん。今日は来てくれて嬉しい。ありがとう」
「え……」
彼の直球の挨拶と綺麗な笑みに言葉を失う。
こちらこそ楽しみにしていたと言うべきか。それとも今日は誘ってくれてありがとうと言うべきか。
気の利いた言葉が咄嗟に出ない。
「じゃあ、行こうか」
……しまった。言葉選びをしている間にタイミングを失ってしまった。
「佐藤? 行こう」
「う、うん」
立ち止まって振り返る彼に私は慌てて付いて行った。
今日の待ち合わせは午後2時半だ。
最初から一緒に食事はハードルが高い。
食事している時は気を抜いている時だから、動物は本能的に他から見られるのを嫌うらしい。人間もまたしかり。
だから午後のお茶にしてくれて良かったと思っていたのだが……。
「こ、ここは……」
お茶の場は有名ホテルのデザートブッフェだった。
「実は俺、甘党なんだ。このイベントがあるとダイレクトメールがあったんだけど、男一人では参加しづらくてさ」
真上君は照れ笑いをしている。
確かに店内には二、三組のカップルの他は女性陣で占められているのが見えた。
はっ。
まさか、こやつ。このイベントために、これ幸いと私に声を掛けたんじゃあるまいな。――あ、そうか。嬉しいってこの事か! このヤロー! ちょっとドキっとした私の気持ちを返せぇ。
むっと黙り込んだ私に不安を覚えたのか、彼は少し眉を下げた。
「あれ? もしかして甘いのは苦手だった?」
「……イエ。好きですケド」
「良かった。予約しているから入ろう」
人間、現金なもので、美味しそうな物が目の前にあるとイライラした気分は吹っ飛び、目は爛々と輝き、頬が緩むものだ。
「わぁ。美味しそう」
席に案内される時に通り過ぎながらチェックする。
さすが有名ホテルのブッフェだ。形や器にもこだわったケーキ類やアイスクリーム、ドリンク、軽食などを何種類も揃えてあった。
以前友人と行ったケーキバイキングでは、一つ一つのケーキ自体は大きくてお得感があったが、途中で胸焼けして後味が悪かったのを覚えている。
その点ここは一口サイズで、何種類あるのか分からないが、これなら全種類制覇できそうだ。……スキニーパンツでなければね。
最初にここだと言ってくれればワンピースを着てきたのにぃぃ。
完全に食い気大なり色気になっていることに気付いて、私は一つ咳払いした。
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