土曜日のお茶

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「かなめちゃーん」 「うるせー!」  それは塾での出来事。  男子たちがからかう声に対してその子は不機嫌を隠そうともせず、少し乱暴に私の隣に座った。  成績順で決められた席で、初めての顔合わせだった。 「あなたの名前、かなめって言うの?」 「だから何」  ちゃん呼ばわりされたのが気に障っていたのかもしれないし、元々ぶっきらぼうな話し方をする子なのかもしれない。それでも私は興味本位で尋ねたんだ。 「かなめって、重要の要?」 「そうだけど」 「そっか。素敵だね」 「え?」 「あなたはご両親にとっても、皆にとっても大切な人になってほしいって意味でしょ? 良い名前だよね」  彼は驚きで目を見開いた。  そんなに意外なことだったのだろうかと首を捻りながら、今度は私が愚痴を吐いた。  私の父は学者肌で、子供に愛情を示すのが不器用だ。普段から父に対する不満があったのだろう。 「私なんて、お父さんが理科が得意だったから里香と付けたって言うんだよ。酷くない? どうせなら、梨々花とかの方が可愛くて良かったな。弟もね、おさむって言うんだけど『理』って書くのよ。どれだけ理科好きだって言うのよねー?」 「それは……お父さんが好きなものだったからじゃないのか?」 「ん? うん、好きなんだって」 「違う。そうじゃなくて、お父さんが大好きなものだからこそ、大事な自分の子供に付けたかったんだろ」 「……え」  だから彼の言葉に目を見開くと同時に世界が広がった気がした。そして私は言ったんだ。 「そっか! そうなんだ。えへへ。そうだね。ありがとう、要君」 「あ、ああ」 「ちょっとぐらい自分の名前が好きになったよ」 「……ちょっとかよ」  がくりと肩を落とす彼。  思えばこの時、まだ彼の名字は聞いていなかったから名前呼びしていたんだ。 「あ、ねえ。この席にいるってことは要君と私、同じ位の成績だよね? 理科は得意?」 「普通。お前は理科が得意なのか?」 「ううん。もちろん大っきらいだよ? 5段階評価で2だもん」 「満面の笑顔で言うな。お父さん泣くぞ……」 「じゃあ、要君はどれくらいよ?」  むっと眉をひそめて言うと、彼は少し視線を逸らした。 「3」 「大差ないじゃーん!」 「この『1』の差がどれ程大きいことか!」 「じゃあ、私に教えてよ。できるんでしょ」 「おう! そこまで言うなら教えてやる」 「えへへ。これからよろしくね――要君」
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