土曜日のお茶

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「手が冷えてる。雨に濡れれば余計に身体を冷やすし、濡れた身体は他の乗客に迷惑だろ」  引き留めようとしている言動の割に、簡単に振り解けそうな手の力加減がちぐはぐな印象を与える。彼なりの遠慮なのだろうか。  この間は強引だったくせに変なの。  何勝手に指を握っているのかと抗議しようと思ったのにすっかり気が削がれてしまった。  まあでも、自分の駅を降りてからも少々歩くし、やっぱり傘をお借りすることにしようかな。 「えっと。本当にお借りしていいの?」 「ああ、もちろん」  そう尋ねると真上君はわずかに口元を緩ませた。 「では、お言葉に甘えて」 「良かった。じゃあ、行こう」  そう言うと彼は私の指から手を離した。かと思うと今度は手首を取り、軽く引いて促した。  エントランスはセキュリティが導入されていて、部屋番号で呼び出して住居者の許可が無ければ自動ドアが開放されないシステムとなっている。 「家賃、高そう」 「そうでもないよ。それに自宅兼事務所だし」  ぽつりと呟いたはずの私の言葉を耳ざとく聞いた真上君は笑って否定した。  彼の『そうでもない』はいかほどのものを言うのか分からないが。 「佐藤は一人暮らしをしたことはないのか?」 「うん。大学も家から通いだった」 「俺も大学までは実家暮らしだったけど、会わないものだな」 「そうね。考えてみれば、高校生になってからは他の子にもほとんど出会ったことないかも」  互いの生活圏が変わると、同じ地域に住んでいても会う機会はぐっと減ってしまうのだろう。  大学、社会人となればさらに生活範囲が広がって、約束でもしない限り出会うことはない。 「一人暮らしをしてみたいと思ったことはない?」 「憧れてはいるけど、実際暮らしてみたら大変なんだろうね」 「気楽の一方、する事も多いな」 「だよね」  真上君の部屋はどんな感じなんだろう。きちんと整理整頓しているのかな。  彼は色々スペックが高いから、せめて部屋ぐらいひっくり返っていて欲しいと切に願う私は性格が悪いです。  それにしても彼はいつまで私の手首を取っているんだろう。さすがに振り払うわけにもいかないよね。  エレベーター内で少し悩んでいると、彼の部屋がある五階に到着する。  そして扉の前まで行くと。   「要君、お帰り!」  小柄な可愛い女の子が真上君を笑みで出迎えた。 「……愛花」  も、元カノ登場ですか!?
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