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「何の用?」
「何の用って、要君に会いたかったからに決まっているでしょう?」
「数ヶ月前に別れたはずだけど。……愛花が他に好きな男ができたと言って」
甘く媚びた声を出す彼女に対して、真上君は硬い声と表情だ。
どどど、どうしよう。修羅場る?
回れ右したいけれど、彼が私の手首を捕らえて放してくれないから動けない。
仕方なく傍観する。
「私、要君になかなか会えなくて寂しかったの。そんな時に彼が慰めの言葉を掛けてくれたから、心が少し揺れちゃっただけ。だけどこうして要君と離れてみて分かったの。やっぱり私には要君だけだって」
胸の前でぎゅっと手を握り合わせて小さくなる彼女は男性なら思わず守ってあげたくなるだろう。
しかし真上君は淡々と返す。
「付き合っていた男はどうなったんだ」
「彼、酷いのよ。私以外にも女がいたのに、心が弱っていた私につけ込んで声を掛けたんだから!」
真上君は重くため息を吐いた。
「ね? 酷いよね? 前みたいにぎゅっと抱きしめて私を慰めて?」
「できない」
「どうして? 私たち、あんなに愛し合った仲じゃない! 大丈夫よ。きっとすぐに前みたいな仲に戻れるわ」
生々しいよぉぉ。泣きそうだ。帰りたい。帰りたいです!
「悪いけど、もう愛花を前と同じように見ることはできない」
「な、何言っているの?」
「分からないならはっきり言う。今は愛花に対して何の気持ちもない。もう俺に関わらないでほしい」
私はただ傘を借りに来ただけなのにあんまりだ。
それがそんなに罪深いことだったのか、神よ!
神様に愚痴って現実逃避しようとしていると。
彼女は表情を強ばらせ、今ようやく私に気付いたかのように初めてこちらを見た。
今まで私は景色の一部だったんでしょうね。ええ、分かっておりますよ。大丈夫。……ドンマイ私。
「まさか。横の女のせい!? その女に何か言われたのね!」
「彼女は関係ない。絡むな」
真上君はその言葉で我に返ったようで、私の手首を解放すると背中で庇ってくれる。
冷静に話しているように見えて、実は余裕がなかったんだと気付いた。
「要君まで私を裏切って浮気していたの!? 酷い、あんまりだわ!」
彼女は両手の上に顔を伏せた。
えーっと。何だか頭が痛いです。
愛花さんとやら。色々言いたいことはあるが、とりあえず一言。
お前が言うな。
心の中で激しくツッコんだ。
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