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「不愉快な思いをさせてごめん。あんな子じゃなかったんだけど」
愛花さんが肩を落としながら立ち去った後、真上君は半ば目を伏せて言った。
ううん。多分、最初からそんな女性だったんだと思いますよ。
……とは言わないでおきましょう。一度は彼が好きだった人なんだから。
「大丈夫。気にしないで」
にっと笑ってみせると彼はわずかに笑みを零し、そして言った。
「部屋に上がって。ここまで来るのに雨に濡れただろ? タオル貸すよ」
何というイケメン対応。しかしさすがにそこまで甘えるわけにはいくまい。
「ありがとう。大丈夫。傘さえ貸していただければ」
「愛花の相手をさせてしまって身体も冷えているだろうし、温かいお茶入れるよ。雨も強いし」
言われて空を見上げてみれば、いつの間にか叩きつけるような雨になっている。
弱まるまで雨宿りさ――って違う違う。何、家に上がらせてもらおうかと考えているんだ私。図々しいにも程がある。やっぱり傘だけ借りて帰ろう。
「いえ、傘」
そこまで言った時、真上君の携帯から着信音が流れた。
「あ、ちょっとごめん」
「うん、どうぞ」
彼は携帯を耳に当てながら、一方で部屋の鍵を取り出してガチャリと回す。
「ああ、弘貴。――え、今から? 悪い。行けない。今、人が来ているからごめん」
「え」
断るな断るな。私、すぐ帰りますよ!
真上君の腕に手をかけて伝えようとしたが、一瞬早く彼は私の肩に手をやって、開かれた扉の奥へと押し進ませた。
ちょっ。
玄関入っちゃったじゃない。……あ、そっか。傘を貸してくれるのか。
そう考えて真上君を見ると、彼は耳元から携帯を離して言った。
「上がって」
それだけ言うと彼は靴を脱ぎつつ、また電話の応対に戻る。
「あ、いや……違う」
えーと、えーと。どうしたら?
私、傘だけお借りできたらすぐにお暇させていただきたいんですけど……。
真上君は困惑して立ち竦んでいる私の手首を引いて促したので、私は慌てて靴を脱ぐ。
「え? いや。むしろ助かった」
何が助かったのか知らないけど、私は今、むしろ困っているわよ。
手を引いて先導する真上君の背中をじとりと睨んでいると、まるでそれに気付いたかのように彼は振り返って小さく笑う。
「うっ」
彼の笑みが妙に色気を含んでいて、思わず身を引き、慌てて目をそらす。
すると前方に開けた部屋が目に入った。
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