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本当に何をやっても様になるな。もし彼がカフェを始めたら、絶対女性に人気のお店となるに違いない。
――などとどうでもいい事を考えてしまうのは、至れり尽くせりで身の置き場が無いからだろう。
あ、そうだ。とりあえずタオルをお借りしよう。
受け取ったタオルで濡れた肩を拭こうとした時、ふわりと洗濯洗剤の香りが漂った。
これが真上君の香りなのか。……良い香り。
『こうしているとまるで彼に包まれているみたい』
某ドラマでのセリフが急に浮かぶ。
しかしすぐ我に返ると、ぎゃーっと頭の中で叫んだ。
脚本家は乙女か! 脳内花畑か!
濡れた髪の水分が蒸発して、頭から蒸気が上がりそうだ。
と、とにかくタオルはもういいや。
深呼吸して気持ちを落ち着かせると、タオルを畳んで前にあるテーブルの隅に置いた。
手持ち無沙汰でどうしようかとキョロキョロ辺りを見ていると、一台だけ棚に置かれた写真立てが目に入る。
私は立ち上がり、その棚へ近付いて行った。
するとその写真には手足短く、茶色の毛でもこもこの柴犬の赤ちゃんが写っていた。
「あ。柴犬だ。可愛い!」
「犬、好き?」
ティーカップを持ちながらこちらにやって来る真上君が尋ねる。
「うん、大好き。毎朝、近所で犬を散歩させているおじいちゃんがいるんだけどね、そこの柴犬ちゃんがいつも挨拶してくれるの」
「へえ。意外。柴犬は飼い主以外、あまり愛想を振りまかないんだけどな」
「犬は人柄を見るんだろうね。お目が高いわ」
うんうんと腕を組んでみせた。
「なんてね。本当のところはおやつをあげたからでしょうけど」
「餌付け成功だな」
彼は苦笑するとソファー前のテーブルに、かちゃんとわずかに音を立ててカップを置いた。
ダージリンティーだろうか。紅茶の香りが漂ってくる。
「あ、座って」
「うん、ありがとう」
ソファーへと促されて座ると彼がすぐ横に座った。
まあ、長ソファーはこの部屋に一台しかないから仕方がないんですけど……。け、けど、何だろうね?
「え、えーっと。あの」
「何?」
「あ、そ、そう! でもね。最近会えないんだ。散歩コースを変えたのかな」
私が話を続けると真上君は少し考え、そして提案をしてくれる。
「……良かったら今度、実家の柴犬を見に来る?」
「え、本当!?」
「ああ」
「いいの? 会いたい!」
すると彼は少し苦笑いし、ため息を吐いた。
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