野々村弘貴の来訪

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 しかし私はすぐに笑って否定する。 「あはは。それはないわ」 「……何で?」  きっぱり否定したことがなぜか彼の癪に障ったのだろうか。笑みを浮かべているが、どこか挑戦的な視線を送ってきた。 「え? だって野々村君、私のことを覚えていなかったじゃない。仮にどこかで会っていたとしても、お互い気付かず通り過ぎていたよ」  真上君は私に声を掛けてくれたから再会できたんだものね。 「ああ。それはだって、ほら。佐藤さんが昔と比べて随分、雰囲気が変わっていたから」 「雰囲気が変わった?」 「うん。凄く綺麗になった」 「え」  確かに顔形だって成長して少しは変わっているだろうし、化粧もしている。でも真上君は私のことに気付いてくれた。  そうか。そうだよね。普通は野々村君のように同じクラスだった人でも、私みたいな地味子のことを覚えていないよね。  そ、そっか。真上君は私を覚えていてくれたんだ。  あ……有り難き幸せです、ハイ。  頬に熱が集中するのが分かる。  と、その時。  カチャン。  やや乱暴にティーカップがテーブルに置かれる音が聞こえてはっと顔を上げると、そこには真上君が立っていた。   けれど彼は野々村君の方を見ている。   あれ? 真上君、何だか不機嫌? 「弘貴、コーヒー」 「ありがとう」  野々村君が笑みを返す。そして真上君はこちらに視線を移した。 「佐藤」  真上君の声も私を見下ろす瞳もどこか冷たい印象を受けて、どきりとする。 「は、はい」 「帰るだろう? 送るよ」 「あ! う、うん、そうだね。長居しちゃったね。そろそろお暇するね」  彼の言葉に有無を言わせない強制力のようなものを感じて、慌てて立ち上がった。 「あ、帰っちゃうの? 残念だな。じゃあ、俺も見送り、一緒に行こ――」 「弘貴はここで好きなだけお茶を飲んでろ」  野々村君の言葉を遮る真上君。野々村君は苦笑いして両手を挙げた。 「分かった。大人しく待っていますって」 「じゃあ、野々村君。お先に」 「佐藤さん、またね」  私が会釈すると野村君は笑顔でひらひらと手を振った。 「あ、うん。ま――」 「行ってくる」  真上君は私を囲うように肩を抱いて前に押しやる。  さっきとは違う強引さだ。 「はーい。行ってらっしゃい」  ちらりと真上君を仰ぎ見ると、これ以上の返答を許さないような瞳をしていたので、肩をすくめて振り返らずに歩き出した。
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