雨の中の帰り道

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「う、うん」  手短にお願いします。  つい電光板に視線をやってしまう。  すると真上君も改札奥に視線を向けた。 「もう電車が来る?」 「あと五分くらい」 「そうか。じゃあ、今日はありがとう。楽しかったよ」 「私も、えと、楽しかったです。――あ。ブッフェとお茶もご馳走さまです。お茶を入れるの、上手ね」 「ありがとう」 「こ、こちらこそ」  嬉しそうな彼の笑みにドキっとして、私はぺこりと頭を振って熱を逃がした。 「またイベントがある時、誘っていい?」 「もちろん! 今度は戦闘服を着てくるね!」  次こそは全種類制覇だ!  顔を上げて拳を作ると真上君は苦笑いした。 「……普通にスカート姿を見たいけどな」 「ん? 何?」  小さく呟いた彼の言葉が聞き取れず、小首を傾げた。 「いや。何でもないよ」  そう言ったきり、しばし沈黙が続く。  ちらりと電光板を見ると、快速列車の文字が一番上の列に変わった。 「電車がもう来るみたい。そろそろ行くね。今日は本当にありがとう」 「ん」  彼は握っていた手の力を緩めて解放してくれる。  そこで初めて、今までずっと握られていたんだと気付いた。 「じゃあ、真上君。またね。バイバイ」 「ああ。またな」  私は手を振って身を翻すと改札に向かって歩き出した。  ――と。 「佐藤!」  再び強い力で手首を取られて、くいんと引き戻される。 「は、はい!?」 「今度はいつ会える?」 「い、いつでもどうぞ!?」  彼の迫力に押されて反射的にそう答えた。  すると真上君はぷっと吹き出す。 「何だよ、その返事」 「な、何よ。真上君が帰る寸前にいきなり言うからでしょー」 「悪い悪い」 「あ、いけない。ごめん。本当に行かなくちゃ」 「うん。引き留めて悪かった」 「ううん。じゃあ、またね」  私は手を振って踵を返し、改札へと走って行く。 「また連絡するよ!」  背中から声が掛かり、振り返ると彼は手を挙げていた。  私はただ頷いて、ホームへと駆けて行った。  ふぅ。ギリギリセーフだった。  空いている席に身を下ろすとほっと息を吐く。  今日は色々あったけど、充実した一日だった。ありがとう、ってメッセージを入れてもいいかな。  迷った末に携帯を取り出すと、メッセージ受信が通知されていて確認する。 『今日はありがとう』  頬が緩んだが、すぐに辺りを窺ってコホンと咳払いすると、私は顔を引き締めた。
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