ランチのお誘い

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「楽しかったよ、佐藤さん」  野々村君との食事の感想はと言うと、さすが女性に慣れたモテ男、といったところだろう。  悔しいけど話し上手で聞き上手で、会話に困ることはなかったし、それなりに……楽しかった。  思えば先日、彼に会った時も話題を振ってくれて会話が進んだことを思い出した。  ただし。 「いいって。俺が誘ったんだし。ここは男を立てて」  野々村君はそう言って片目を伏せるが、彼が会計を済まして払わせてくれないことに対して。  野々村君に借りは作りたくない!  なんて失礼なことを思ってしまう。  真上君の時はそんなことなかったのに……。 「じゃあ、今度は佐藤さ――」 「本当によろしいのですか!?」  野々村君が何かを思いついて言おうとした時、背後の一際大きな浜中さんの声に思わず振り返る。  こ、声大きいよ、浜中さん。 「それじゃあ、お言葉に甘えてご馳走になりますね。ありがとうございます」 「いいえ。楽しい食事をありがとうございました」 「こちらこそとても楽しかったです。ありがとうございました。――あ、佐藤さん」  どうやら浜中さんは立山さんにご馳走になったらしい。  彼にお礼を言った彼女は足早にやって来た。 「立山さんにご馳走になったので、お礼を言っていたんです」  彼女がそう言って、はっと気付いた。  私が割り勘にしたら同僚の手前、野々村君のプライドに傷をつけかねない。ここは厚意に甘えさせていただこう。  私も彼女にならって答えた。 「あ、えっと。わ、私もご馳走になったの」 「まあ、そうなんですか? ありがとうございました、野々村さん」  野々村君にまでお礼を言う浜中さん。  そこで私もご馳走になるのなら、お礼を伝えていないことに気付いて慌てて頭を下げた。 「ありがとう、野々村君」 「……どういたしまして」  妙な間に見上げると、彼は浜中さんに謎めいた笑みを向けている。  なぜなのか、この時胸騒ぎのようなものがした。  お店を出ると、浜中さんと共に改めてお礼を伝えた。すると彼女はすぐに私に向き合う。 「佐藤さん、そろそろ行きましょうか」 「うん」 「じゃあ、立山さん、野々村さん、さようなら」  そう言うと私を促して歩き出すので、随分あっさりしたものだなと頭の片隅で思った。  すると彼女はつと止まって振り返ると、立山さんに微笑みかけて小さく手を振る。  ……最後にアピール来たよ。
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