ランチのお誘い

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「どうして?」  確かにあまりお近付きになりたいというタイプではないのだが、そうはっきりと言われると不安になる。  それに合わせて会社までの足取りも自然と重くなってしまう。……これはまた別か。 「お昼の誘い方も、店内での誘導の仕方も手慣れたものでした。とても素敵な方でしたし、かなりモテるでしょうから女性の扱いも上手いのかもしれませんが」  浜中さんは横顔に用心深そうな表情を見せた。 「一つ確かなことは恋愛偏差値が低い佐藤さんが不用意に野々村さんに近付いたなら、間違いなく彼の手の中で転がされるということです。佐藤さん、変に頑固なくせに単純だから」 「色々失礼なこと言われた!」 「ふふ。冗談――と言いたいところですが、フォローできませんね」  こちらを見ると少し困ったように笑った。  ……ええ、もちろん否定などできませんとも。 「もしかして、野々村君が例の彼じゃないと言った時に良かったと呟いたのはそういうこと?」 「ええ。女性を優しく毒していくような方に見えたので」 「何それ怖い!」 「佐藤さんが振り回されて傷つけられそうでしたし」 「あ、お店で声を上げたのも?」  あの時の浜中さんはまるで野々村君の言葉を遮るようだった。  彼女はこくんと頷く。 「今度は佐藤さんがご馳走してと言われると思って。そう言われるとお返ししなきゃって義務感を抱いてしまうでしょう? いつの間にか自分が誘う立場になっていて、気付いた時には相手の手中に落ちているんです」  私もあのタイプの方と付き合ったことがありますと彼女は重くため息を吐いた。 「で、でも実際奢られちゃったよ」 「あらホント、どうしましょ!」  彼女は口を手で覆った。 「ちょっ、野々村君に近付くのが怖くなってきたんですけど」  真上君からの先入観もあるが、野々村君に対する苦手意識や胸騒ぎはこれが原因だったのだろうか。  黙って考え込んでいると。 「よし。単純な佐藤さんにはこれぐらいの脅しで十分なようですね」  彼女はしてやったり顔で、うんうんと頷いた。 「本当に怖いのは浜中さんでした!」 「あ、酷い。私はこんなに佐藤さんのことを想っているのにな」  浜中さんは言葉とは裏腹に気を悪くした風でも無く、くすくす笑う。 「まあ、これは極論ですから話半分に聞いておいて下さればいいかなと。ただ、心の片隅には置いていて下さいね」  彼女はそう言って微笑した。
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