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「佐藤君、これを頼む……頼めるだろうか」
「はい。承知いたしました」
書類を渡してきた課長ににっこり笑むと課長はなぜか言葉を言い直した。そして咳払いする。
「い、いや。君の働きにはいつも感謝しているよ。後輩もよく面倒見てもらっているしな、うん」
なぜそんなにおどおどしているのでしょうか。いつももっと苦虫を噛み潰したような顔をしているのに。
でも自分の仕事を見てもらっているんだと思うと嬉しくなった。
「ありがとうございます。これからも頑張ります」
「う、うむ。では頼んだ」
それだけ言い残すとそそくさと立ち去って行き、首を捻っていると浜中さんが近付いて来た。
「課長どうしたんだろうね」
「佐藤さんがやたらとご機嫌だからですよ」
「へ」
と言うか、私こそいつもそんなに仏頂面をしているのだろうか。
私の考えを読んだようで、彼女は手を横に振った。
「普段が感じ悪いわけじゃないです。今日が特別、若干引いちゃうくらいお花畑感が出ているってことです」
「お、お花畑?」
「でも実際、課長は佐藤さんのご機嫌を取った方がいいと思いますよ」
浜中さんは腕を組むとため息を吐く。
「は? 私が課長のご機嫌を取るんじゃなくて?」
「ええ。課長がです。だって、佐藤さんのおかげで業務がスムーズに回っていますから。いつも本当にありがとうございます」
そう言って浜中さんは頭を下げた。
真っ正面からそんな風に言われると、戸惑ってしまう。
「こ、こちらこそありがとう」
これも真上君効果のなのかもしれない。
何だか生活が充実してきた気がした。
仕事が何とか定時を少し過ぎた頃に終わり、駅へと急いだ。そして電車に乗り込む前に連絡する。
『会社の最寄り駅です。今から乗ります。真上君のご都合は?』
メッセージを送ると、電車に乗って少し経ってから返って来た。
『お疲れ様。大丈夫』
『はーい。じゃあ、降ります』
『うん』
私の会社の最寄り駅から真上君の駅まで約十五分。速いような遅いような落ち着かない時間だった。
駅に到着して改札を出ると真上君の姿が見えたので小走りした。
「真上君、お待たせ」
「急にごめん」
「ううん」
改札口を抜けて外に待合室はないので、とりあえず人の流れの邪魔にならないよう大きな柱を背にして話をする。
「それで単刀直入に聞くけど、佐藤!」
真上君は私の両肩にがしっと手を掛けた。
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