渡された名刺は

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「やあ、佐藤さん。偶然だね。運命かな」  お昼に行こうと会社を出たら、そこには手を挙げた輝く笑顔の野々村君がいた。  運命。  それはときめきの言葉。――だがしかし。  たとえいかなるイケメンが言おうとも待ち伏せは運命ではない。それが運命だと言うのならこの世は運命で溢れかえり、私がぼっちのはずがない(拳) 「まあこんにちは、野々村君。それではごきげんよう」  そう言ってにっこり笑うと回れ右した。 「酷いな。ちょっと待って」  野々村君は苦笑しながら私の腕を掴んで止めるので、ため息を吐くと腕を払うように彼の方へと向き直った。  人の身体に容易く触れないでいただきたい。 「ん? 私にご用だったのかしら?」 「冷たい態度だね。俺、何かした?」  浜中さんに言われたせいもあって、ちょっと警戒心を抱いております。だけど面と向かって言うわけにもいかないし……。  何と答えようかと考えていると、野々村君は面白そうに笑みを浮かべる。 「もしかして要に何か言われた?」  「真上君? いいえ。彼は何も」  そう言えばお茶した帰り道、野々村君には気を付けた方がいいとか言われていたかな。彼とランチしたと言った時も動揺していたようだし。 「そう? まあ、いいや。今からお昼でしょ? 奢るから付き合わない?」 「ううん。前回、ご馳走してもらったからこれ以上いいです」  人の忠告は素直に聞くものだ。  私は首を振ってお断りすると彼はさらに悪戯っぽく笑って続けた。 「じゃあ、今度は君がお茶をご馳走してくれるというのはどう?」  うっ。  今日は浜中さんとお昼の時間が合わないから、助けは期待できない。私の手には余る相手らしいし、さて、どう断ろう?  しかし野々村君は頭を捻らせる私の前に、見事なまでに人参をぶら下げてくれる。 「その代わり、要のことを教えてあげるから。――君が知らない要を」 「え?」  私の知らない真上君? それって……。  一杯ありすぎますけど!  って、いやいや。  オーケー。分かっている。これは漫画やドラマの中でよくあるやつです。言葉に釣られて行ってしまうと不愉快な展開になるという。  もちろんお断りだい。  と、言いたいところではあるけれど、私も彼に聞きたいことがある。 「じゃあ、どこに行こうか?」  興味を抱いた私の表情を読み取ったのだろうか。断られるなどと思いもしない態度で彼は促した。
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