渡された名刺は

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「鮮明には覚えていないかな」 「要、以前は結構ふっくらしていたんだ。昔から甘い物好きだったし。だけど高校一年生の時に成長期が来てね。バイトで身体もよく動かしていたし、夏休み明けにはすっかり痩せて別人のようになっていたよ」  彼がそこまで言った時、店員さんがセットを運んできてくれた。 「お待たせいたしました」  野々村君は店員さんにありがとうと笑みを向けると彼女は少し頬を染め、会釈して去って行く。  さすがいつでもどこでもイケメンスマイル発動。しかし私は花より団子。  頂きますと手を合わせ、運ばれてきたキッシュに笑みを向けるとフォークとナイフを手に取った。  定番、ほうれん草のキッシュだ。  うん、美味しい。何でも結局は定番が美味しかったりする。ポテチも塩味に戻っちゃうんだよね。  さて、野々村君の感想はどうかな?  いつの間にか話が止まっているのにも気付いて顔を上げた。しかし彼はこちらをじっと見ているだけで食べている様子は無い。  自分が食べているところをただ見られているのは嫌なんですけど……。 「あ。もしかしてほうれん草、食べられなかった?」 「ううん」 「じゃあ、野々村君も冷めない内にどうぞ」 「だね」  野々村君は小さく息を吐くと、彼もまたキッシュに手を付けた。 「どう?」 「うん、美味しいね」 「そっか。良かった」 「良かった? 自分が作った物でもないのに?」  え、何が言いたいのでしょうか。ますます訳が分からないです。 「それはそうだけど、相手が嫌な物を無理して食べているよりは美味しそうに食べている方が嬉しいでしょう?」 「なるほど。優しいね」  ……優しいか? 「――強かな程に」 「え?」 「女の子って強かだよね」  は? 今度はまたいきなり何だい。  どうしよう。これから先、野々村君の言葉を解読できるのか不安になってきたぞ。 「女の子は幼い頃から本能的に強かさが備わっているのかな?」  強かさという言葉に好意が含まれていないことは分かる。しかし回りくどすぎる。  いい社会人なんだから要点を言いなさい、要点をさ。 「そうね。この世は何だかんだ言って男性社会だし、強かじゃないと生きていけないから女性なりの処世術なのよ、きっと」 「でも女の処世術ってやつ、君は嫌いなんじゃない?」 「なぜそう思うの?」 「自分には真似できないから」  彼は憎いくらい、にっこりと爽やかに笑った。
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