渡された名刺は

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「言ったよね、佐藤さん。要に嫌いだって、そう言ったでしょ?」  その昔、真上君に聞いたのだろうか。  野々村君の口元は笑んでいるのに、瞳の色だけは強くて嘘は許さないという圧力を感じる。 「……言ったわ。でも」 「要は手の平返しで女性がすり寄って来て嫌な目にも遭っているけど、俺と違って真面目で誠実な人間だから、そんな女性に対しても邪険に扱うことができない。愚かな程に優しい奴なんだ。だから佐藤さんにも優しいでしょ?」  だから優しい? 『私に』だから優しいんじゃなくて、『そんな彼』だから優しい? 「佐藤花穂さんに関してもそう。振ったのは要の方だけど、彼女が愚痴っていたからだよ。真面目すぎて面白くとも何ともないんだってさ。結局、彼女は要の外見に惹かれただけなんだよ」 「わ、私は」 「そうだよね。佐藤さんは違うよね? 君は他の女性とは違う。そんな品の悪い女性じゃない。要にすり寄って行ったりなんてしない。だよね?」  彼は片手で頬杖をつくと、目を細めて口角を上げた。  冷たい汗が流れる。  反論しようとする度、言質を取られていく気がして、言葉が喉に張り付いて出て来ない。 「ああ。否定しないってことは佐藤さんもやっぱりそういう女だったか」 「ち、違っ」 「否定するんだ? だったらさ、佐藤さん。――俺と付き合わない?」 「……は? 一体何を言って」  思いも寄らない言葉にぽかんとし、これまでの緊迫した空気が一気に壊れる。  それと同時に彼はまた邪気が無さそうな笑みに戻った。 「あ、勘違いしないで。別に佐藤さんを好きなわけじゃないから。まあ、佐藤さんも俺のことは好きじゃないと思うけどね」 「何の意味が」 「俺と付き合って、佐藤さんが俺に惚れなければ俺の負け。さっきの言葉を撤回し、謝罪する。だけど佐藤さんが俺を好きになったら君の負け。俺がこれまで接してきた女の子と同レベルってことを認めて」  彼は真上君を守りたいのか。それとも――。 「ただ、俺は今の自分のままで佐藤さんを惚れさせる自信があるよ」  そう言い切ることができるだけの経験も見合う魅力も自負しているのだろう。  私が彼に挑戦しなければ私の負け。挑戦してもきっと負け。  初めから結果なんて彼には分かりきっているのだ。  彼は名刺とペンを取り出すと、ひっくり返して何かを書く。 「連絡待っているよ」  渡された名刺が果たし状のようにも思えた。
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