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野々村君と別れた後、午後からの業務は終始身に入らなかった気がする。
就業時間で帰りの用意をしていると、浜中さんが近寄って来た。
「佐藤さん、今日はどうなさったんですか?」
「え? 別に何でもないよ」
「別にって顔色じゃないです」
彼女は腰に手を当てて、ため息を吐く。
業務に支障をきたしていただろうか。
「ごめん。もしかして迷惑をかけていたかな」
「いいえ。仕事だけはしっかりこなしていらっしゃいました」
でも私には分かりますよと彼女はむっと腕を組んだ。
「で、何があったんですか?」
「べ――」
「野々村さんと」
本気で見通されているのだろうか。彼女の鋭すぎる言葉に目を見張る。
「やっぱり。今日、立山さんからランチに誘われたんですけど、野々村さんが一足先に会社を出たと言っていたから、もしかしたらと思って」
「そっか」
「だから言ったでしょう。彼に容易く近付かないようにって!」
「はは……」
目を吊り上げる浜中さんに私は乾いた笑いしてみせた。
彼女は再びため息を吐くと言った。
「佐藤さん、今日、飲みに行きません?」
「あれ? 佐藤さんはお酒、飲まないんですか?」
ウーロン茶を頼む私に浜中さんは眉を上げた。
「飲めないことはないんだけど、すぐ酔っちゃうの。一人だと帰り道、自信ないから。ごめんね」
「そうなんですね」
個室ありの居酒屋は周りの声や様子を気にしなくてもいいから気楽だ。少人数でも個室を用意してくれるのは何とも嬉しい。
「それでは本日もお疲れ様でした。乾ぱーい」
私たちは運ばれてきたグラスを取るとカチンと合わせた。
冷たいお茶を喉に流し込むと、つかえていた何かが一緒に流されて行くようで少しほっとする。
一方、浜中さんはグラスを置くと言った。
「では。洗いざらい話してもらおうじゃないですか」
まだ酔いが回るには早すぎるはずだが、目が据わった浜中さんに私は苦笑いした。
「だから私が言ったでしょお!?」
「すみません……」
なかなかの高圧的な彼女に、私はひたすら頭を下げる。
「佐藤さんだったら、野々村さんの思惑通り惚れ込まされた後に、ぽいっと捨てられるだけなんですからね」
「だからもう少し言葉をね」
「それより!」
浜中さんは私の言葉を遮る。
「一番重要なことなんですけど」
真意を知ろうと真っ直ぐに私を見つめた。
「佐藤さんは『彼』を好きなんですか?」
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