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「……き。き、嫌いじゃない」
「けど、好きじゃない?」
「そんなことはないけど。でもほら、まだよく分からないって言うか。ほんの少し前に再会したばかりだから」
じっとこちらを見つめていた浜中さんだが、一つ息を吐いた。
「別に佐藤さんの気持ちを急かしているわけではないんです。会った時間が短くて気持ちが追いつかないのは事実でしょうし。でもね、私が心配なのは佐藤さんが『相手を好きになってもいい正当な理由』を見つけるまで、理性が自分の感情にストップをかけるんじゃないかってことなんです」
「……え」
「違いますか」
あまりにも真っ直ぐな彼女の視線が痛い。
その痛みに耐えられず、私は少し視線を逸らした。
「で、でもほら。まだ会って間もない上に、数回くらいしか会ってないし」
「時間は関係ありませんよ」
「でも相手に好意を向けられたからって、好きになるのは違うと思わない?」
「誰だって人から好意を向けられたら、その人が気になるのは自然な流れですよ」
「か、顔で好きになったと思われるのは嫌でしょう?」
「いいえ。顔から好きになって何が悪いんです」
きっぱり否定され続けて思わず声を張る。
「あ、相手はセピア色した中学時代を、ただ懐かしんでのことかもしれないじゃない!」
「佐藤さん」
最後は刺すように鋭く睨みつけられた。
「その言い方は彼に失礼だと思いますよ。ちゃんと彼と向き合う気あります?」
図星を指されて胸が痛む。
口では格好いいことばかり豪語しながら自分のこととなると体面ばかり考えて、真上君への気持ちを素直に認めるのが怖かった。
野々村君に反論できなかったのもそのせいだ。
「先程も言いましたけど、佐藤さんを焦らせるつもりはありません。時間によって育っていく気持ちもありますし。でもね、理由をつけては、その時その時揺れた自分の感情を無視するのはやめてあげてほしいんです。自分を鈍感な人間に仕立て上げないで下さい。月並みですけど、恋愛は心でするものです」
そんなことは分かっている。……違う。『頭』では分かっていた。
本当は好きになりかけている自分を嘲笑って欲しかった。けれど一方で『彼に惹かれてはいけない理由』を否定して欲しかった。
「人を好きになるのに正当な理由なんて必要ありません。下らない考えとプライドは生ゴミと一緒に捨てておしまいなさい」
ぽいっとね、浜中さんはそう言って笑った。
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