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「生意気なことを言って、すみません」
浜中さんは頭を下げたが、私は首を横に振った。
「ううん。耳が痛かったけど、あなたの言う通り。……ありがとう」
「いえ。良かったです。意地を張って後悔していただきたくなかったので」
彼女は笑うと、お箸を伸ばしてお皿に取り分けたおかずに舌鼓を打つ。
もしかして浜中さんは過去に意地を張って後悔したような出来事があったのだろうか。
しかし彼女はそれ以上語らないので、私も聞かなかった。
「あ、そうだ! 佐藤さん、彼の写真を撮ってくるミッションはどうなりましたか?」
「うん。撮ってきたよ」
「本当ですか! だったら見せて下さいよ」
浜中さんは箸置きにお箸を置いて手をこちらに差し出す。
「い、今? う、うん。どうぞ」
写真を出して携帯を手渡すと彼女は目を見張った。
「こ、これは何というイケメン犬! ……って、何を言わせるんですか」
「あはは。ごめんごめん。次の写真よ」
浜中さんは頬を膨らませながら写真をスライドすると、今度は目を輝かせた。
「わぁ、格好いい! これだけイイ男だと佐藤さんが悩むのも分かりますね。だけどこんな人に迫られても理性を優先できる佐藤さんって、鉄の女ですか?」
それは自分のちっぽけなプライドが原因だったわけだけれど、彼女のおかげで前に進めそうだ。
「……浜中さん、色々ありがとう。改めてお礼するね」
「お礼はツーショット写真でいいですよ。それ以外は受け取りません」
浜中さんは笑って片目を伏せた。
帰りの電車の中、携帯をチェックすると真上君からメッセージが来ていた。もう二時間も前のことだ。
急いで返事をするとすぐに返答がある。
『お疲れ様。遅いんだな。また家から?』
『ううん。今日は同僚と食事していたから今帰り』
『同僚って、男?』
気にしてくれているのかなと思うと頬が自然と緩んだ。
『女の子よ。三つ下の後輩』
『そっか』
私はさらに返事を打ち、一呼吸すると送信する。
『明日、また真上君の駅で仕事帰り会えるかな? 傘を返したいから』
『傘はいつでもいいよ』
『明日返したいの』
会いたいの。
本当に伝えたい言葉はまだ伝えられなくて。
『分かった。じゃあ、また会社の最寄り駅で連絡入れて』
『うん。分かった』
明日彼に会ったら確かめよう。
彼の気持ちと、そして……自分の気持ちを。
私は携帯をぎゅっと握りしめた。
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