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あぁぁ。
私は馬鹿だ。せめて『今から乗ります』と返せば良かったのに。
何でそのまま素直に送った、私。と言うか、こんな時だけ素直でどうするの。無能すぎる!
壁にガンガン頭をぶつけたい気分だが、駅員さんに両脇抱えられて連行されそうだから止めておく。
とにかく改札を出ることにした。
「どうしよう」
柱を背にして頭を抱えていたが、ある事態に気付いてはっと顔を上げた。
事はそんなに単純じゃない。
私は到着駅で突然連絡した挙げ句、手ぶらで呼びつけているのだ。
「どうしよう」
帰ってみる? ……いや、今さら私が帰ってどうする。もう真上君は家を出たのに。
何かお詫びの物を渡して誤魔化してみようか。至る所でお菓子を売っているし。
視線をあちこち彷徨わせていると、ふとコンビニが目に入った。
あ! 傘が無ければ、買えばいいんじゃない。
それで、間違えたと言って後日返せばいい。
何と素晴らしきアイディア。私、もしや天才か!
すっかり傘を返すことがメインになってしまっている私は気分が舞い上がって、コンビニに向けて足取り軽く歩き出した。
とその時。
「佐藤!」
掠れた真上君の声が聞こえて心臓が跳ねた。
え、嘘。そんな。まさかもう着いたの?
振り返るとそこには髪を乱し、息せき切って駆けつけてきた真上君の姿があった。
「ごめん、待たせて」
彼は膝に両手をつきながら息を整えて謝罪してきたので、私は慌てて頭を下げた。
「わ、私の方こそごめんなさい!」
「え?」
「会社の最寄り駅で電話する予定だったのに」
「ああ、そんなこと。別に良いよ。何かタイミングが合わなかったんだろ?」
ざ、罪悪感で辛い!
こうなったら仕方ない。言い訳も思いつかないし、彼の厚意に思いっきり甘えまくって、この流れで言ってしまおう。
「それで、もう一つ謝らないといけないことがあって。その……傘」
「傘?」
「今朝、ぎりぎりまで持って行こうと考えていたのに、わ、忘れちゃって」
よく考えてみれば嘘では……ない。
「え? 家から忘れてきたってこと?」
真上君は一瞬面食らった表情を浮かべる。
彼にしたら用件も無いのに呼び出されたわけだもんね。
「ごめんなさい」
「いや。いいよ」
そしてふっと柔らかな笑みを見せた。
「それより傘が無くても来てくれてありがとう」
「……っ!?」
イケメン対応――耐えられない。
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