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「あ、そうだ。あなたが小賢しいと言った浜中さん。あの通りの容姿だから彼女も苦労しているのよ。だから人の気持ちを考えられる良い子なの。私も怒られたわ。体裁にじゃなくて、相手に真剣に向き合えってね」
「……へぇ」
「それに彼女は人を顔で判断する子じゃないわ。だってあなたのこと、顔はいいけど経験的に苦手なタイプだと言っていたもの」
「これでもかってくらいに、とどめを刺しに来るね?」
苦笑する野々村君に私は小首を傾げた。
「え? 無傷だと思ったわ」
「ご覧の通り繊細で」
なるほど。打たれ弱いのね。
……とは言わないであげよう。
「言っているよ!」
「あら。ごめんなさい。あ。失礼ついでに話を変えるけど、一つ聞いても?」
「……何?」
「中学生の時、なぜ私があなたに告白したなんて真上君に言ったの?」
本当は野々村君が勘違いしたとは思えなかった。
「ああ。そんなこともあったっけ」
静かに彼の答えを待つ私に彼は諦めたように息を吐いた。
「それは君が要のことを好きだということに気づいたから、かな」
「あの頃は友達以上の感情は無かったと思うけど」
「友達でも何でもいいんだよ。自分のことをちゃんと見てくれる人だったら」
羨ましかったのかもねと野々村君は小さく笑った。
彼もまた子供だったということか。そして今も。
「今も昔もあなたのことを理解しようとした人はいたと思う。でも野々村君が自分の表面しか見せなかったんじゃない?」
野々村君は質問には答えず、ただ黙って私を見つめるばかりだ。
「表面しか見せないのに中身で好きになってもらえると思う? 自分が変わらない限り、周りの人も変わらないわ。……私は変わる。あなたより一足先に失礼するわね」
片目を伏せて笑うと、自分の会計分をテーブルに置いて席を離れるが、ふと思いついて振り返った。
「最後に一つ、野々村君にアドバイス」
「え?」
「パンケーキにシロップと生クリームは絶品よ。ぜひ試してみて」
「は?」
「じゃあね」
私は今度こそ立ち去った。
席に一人残された野々村は腕を組んでいたが、やがてフォークとナイフを掴むと助言通りにパンケーキに手を付ける。
――が。
額に手をやった。
「本気で甘ったるい。こんなの、よく食べられるよ。俺は無理。……でも」
彼は名刺を手に取る。
「甘ったるい思考はそう悪くないかもね」
指でピンと弾き、くすりと笑った。
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