ゾロという名の猫

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 仮に僕が今この場で死んだとしても、世の中は何も変わらずに動いていくのだろう。  生きることも死ぬことも無意味だ。  だが、そんなことはどうでもいい。ゾロを、このままにはしておけないのだから。  僕は、ゾロの亡骸を抱き上げた。とても冷たい。生前は僕が触れようとすると、迷惑そうな顔をしていたのだ。特に腹に触ろうとすると……僕の手に噛みつき、後ろ足で引っ掻いてくる。腹を触られるのが、よほど嫌だったのだろうか。  もっとも今となっては、どれだけ触ろうとも何の反応もない。  冷たいゾロの亡骸を、僕はビニール袋に入れる。そして部屋を出て行った。 「どこ行くの?」  玄関で靴を履こうとしていると、母親が案じ顔で聞いてきた。  僕には分かっている。母は僕のことを案じているのではない。僕のようなニート息子が近所をうろつくことにより、自分たちの評判が落ちるのを案じているのだ。  僕はため息を吐いた。 「ゾロが死んだんだよ。今から埋めてくる」 「えっ!? 本当に!?」  顔を歪め、そう言った母。僕は何故か腹が立った。普段の母はゾロのことを、こんな可愛げの無い猫は見たことがない、とぼやいていた。そんな気持ちを察したのか、ゾロも母には近づこうとはしていなかった。  なのに、ゾロが死ぬと悲しそうな表情を作っている。母にとっては、死んだ猫だけが善い猫なのだろうか。 「ああ、間違いなく死んでるよ」 「そんな……可哀想に」  母の言葉を聞き、僕はさらに不快になった。どうせ形だけなのだ。数分後には何事も無かったかのように、いつもの生活に戻る。  ゾロが死んでも、母の生活は何も変わらないのだ。もちろん、世の中に何の影響もない。皆、いつもと変わらぬ生活を送る。 「どんな生き物も、いつかは皆死ぬんだよ。可哀想なことないでしょうが」  素っ気ない態度で言葉を返し、僕は家を出た。  運命とは、なんと皮肉なものなのだろう。  かつて僕は仔猫のゾロを抱いて、この道を通った。ゾロはミイミイ鳴きながら、僕の腕の中で震えていたのだ。僕はゾロを抱いたまま走って家に帰り、父と母に飼ってくれるよう頼んだ。  その同じ道を、今はゾロの亡骸の入ったビニール袋と小さなシャベルを抱いて歩いているのだから……。  やがて、小高い丘にたどり着いた。僕は丘をゆっくりと登っていき、頂上を目指す。
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