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鷲塚(わしづか)高校の入学式を控えた朝。
俺は、六時にセットしておいた目覚まし時計の音で目を覚ました。正確には三回目の目覚ましの音でやっと起きる気になった。
一定間隔で鳴らすことができるスヌーズ機能はとても便利だと思う。ただ、音が気に入らない。とにかく喧しいし、何より耳に障る音だ。鳴るとわかっていても、毎朝この音で驚かされている。
決めた。今度、電子音の目覚まし時計に買い換えよう。ベルの轟音より、頼りない電子音の方が尚良い。
俺は目覚ましをオフにして、嫌々仕方なくベッドから体を起こした。
クローゼットから新品の制服を取り出して、今朝見た夢の内容をぼんやりと思い出す。
――雲ひとつない青空の下で、俺は屋上に居た。一人ではない。隣には名前も顔も知らない少女が座っていた。今思えば、どんな顔だったのかすら明確には思い出せない。ただ、外見から見て女の子であるのは確かだった。
「一緒に、空を見よう」と、彼女は言った。彼女はこちらに向かって、手を差し出す。白くて細い指をした、綺麗な手だった。
夢の世界の俺は、彼女の手を取る。手を繋いで、彼女と一緒に雲ひとつない青空を見上げた。
憶えているのはそこまでだ。二人で手を繋ぎながら青空を眺めるという、ただそれだけの夢。夢の中で現れた彼女は、今日から通う自分と同じ高校の制服を着ていた。
俺は、斜線が入った赤いネクタイを結びながら、その夢には何らかのメッセージ性があるのではないかと思考を巡らせる。
といっても所詮、あんなのただの夢だ。知らない人が登場してくることは稀にある。運転したこともないバイクを、夢の中ではバイクの運転を疑似体験したというような、それと同様だ。正夢や逆夢があるけれど、夢の映像というのは、現実では起こり得ないことを気まぐれに創り上げることだってある。
ともかく、今朝見た夢のことは、あまり深く考える必要もないだろう。
ネクタイの位置を整えてブレザーに袖を通す。俺は指定の通学鞄を持って居間へ下りた。
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