『盗賊を捕まえよう』

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「波ぁっ!!」 勢いよく突き出した両手からは勢いも何も感じさせぬ不発音が微かに鳴り、和人の肩ががっくりと落ちる。 吐き出した溜め息が僅かに白い。時刻は朝、とりわけ早朝といったところだ。 鈴谷和人は、フランシウム邸の中庭にて自主練習に励んでいた。 何の練習かと言われれば、魔法を発動させるためのものだ。 というのも、図書館で己に何らかの力が宿っていることが分かってから一週間、全くその正体が掴めていないのである。 しかし練習を続ける中で、いや、もしかするともっと前から、和人は直感していた。 この力は『ややこしい力』ではないと。 そんな気がしていた。 と、そんなこんなで練習を続けているが、しかし未だに効果はない。 「あぁ、日が昇ってきやがった」 本日の朝練も成果なしである。 ───まあ、身体の方を鍛えるか。 和人はぷるぷると頭を振ると、虚空に向けてスッと拳を構えた。 ヒュッ。 踏み込みと同時に繰り出された中段突きは、軽快に風を切る。 素人の動きではない。和人は地球で少しばかりだが武道を嗜んでいた。 本当に少しばかりで、大会での優勝などといった輝かしい成績は残していないが。 「はっ!ほっ!ふっ!」 威勢のいい掛け声と共に、決して満点とは言えないもののそこそこ様になった蹴りや突きが繰り出される。 一段落すると、今度は仮想の敵を思い描き、実際に戦っているように振る舞い始めた。 和人が振るった拳が、脳内では対戦相手にクリーンヒットする。 そしていよいよ戦いも佳境に入ったその時だった。 「精が出ますね」 「おわっ!?」 突然、後ろからかけられた声に、和人は間抜けな声をあげて倒れ込んだ。 声の主であるミルは慌てて駆け寄る。 「す、すみません、驚かせるつもりはなかったんです」 「いや、大丈夫だよ。俺の方こそ起こしちゃったみたいでごめ」 ん、と言う前に、和人はミルの格好に赤面した。 「あの、パジャマ、はだけてる」 片言のように指摘すると、ばっ、と胸元を抑えてミルは言った。 「あ、私ったら、起きたら和人さんの声が聞こえたので、ついそのまま」 「いや、大丈夫。そ、それより早く直した方がいいんじゃないか」 「は、はい……」 彼女がボタンをかけ直している間、両者ともに顔から湯気が出るほど紅潮している。 「お騒がせしました」 「うん」 「あの、もう少しで朝食ができる時間です」 「あ、もうそんな時間か。じゃあこのくらいにしとこうかな」 和人が立ち上がってひとつ伸びをすると、ミルもそれが合図であるかのように立ち、母屋に向けて歩みを始めた。 そこでようやく平常心を取り戻したのか、ミルはいつもの調子で声をかけた。 「それにしても、ここのところは毎日こうしていますね」 「う?あー、そうだな。早く自分の力についても知りたいし、体がなまっちゃうからな」 「もう一週間ほどになりますね。進展はどうですか?」 「んー」 和人は言葉の代わりに肩をすくめることで返事をしてみせた。 「あはは。でも、いずれ分かりますよ」 「そうかな?」 「はい、恐らく多分きっと大丈夫なはずだと思います!」 親子で似たような玉虫色どころではない慰めに、和人は苦笑することしか出来なかった。 ミルが言うには、魔法というのは生まれつき備わっているものなので、本来は手足を動かしたりするような感覚で自由に扱えるらしい。 だが、和人の場合は後天的に身に付けた力だ。 突然腕が一本増えたようなもので、訓練しなければ使えたものではない。 三本目の腕を自在に操ることが出来る日は明日か、明後日か、それとも来年か。 不本意ながら天才魔術士様に相談したところ、 『何かのきっかけがあれば吹っ切れるかもしれないっすね~』 とケタケタ笑うだけであった。 つまり、今はこうして地道に練習を重ねることしか出来ないのである。 「あ、それじゃ、私は支度をして食卓に向かいますね」 「ああ、うん。俺もシャワーを浴びたらすぐ行くよ」 お腹の虫は魔法と反比例して絶好調だ。 こちらに恩恵がない以上、ただの穀潰しという他ない。 和人は歯痒い気持ちを抑えながら脱衣所に向かった。
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