第二章〈うさ耳ハットと燕尾服姿の男〉

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行きも地獄ではあったが、帰りも負けない程の生き地獄であった。 アトランティスとエリアスを繋ぐメルヘン橋は近道として最適であり、短気な冒険家も時間短縮として使う事が多い。しかし、一つ難点があった。 それは——— 「ぶぁっくしょあぁい!!!」 「はっ!?え、ちょ、汚えっ!」 そう、他地域と比べても圧倒的な寒さを誇る『雪原』。名の通りである。 一際大きなくしゃみだった為、嫌でも耳に入ったのだろう。先頭にいたひらりさんが移動速度を緩め、走るアオヤと隣合う。 「しぃちゃん、これ使って!ちょっと薄手だけど、巻かないよりかはマシかなぁと思って」 柔らかな感触が首元を覆う。ひらりさんが貸してくれたのは淡い緑色をしたストールで、雪の光に照らされ輝くそれはまさにオーロラのようだった。丁寧にリボン結びにまでしてくれて、身体だけではなく心も暖かくなった。鼻頭をトナカイの如く赤く染める私にひらりさんは人差し指で軽く触れてから再びスピードを早め先頭に戻って行った。 「ひ、ひらりさん…!」 「わざわざありがとうございます!…おい、汚すなよ」 乱暴な物言いに心底カチンと来て、先程のくしゃみの反動で飛び出た鼻水を拭うべくアオヤの背に張り付き存分に擦り付ける。寒さに堪えながら走っているせいかその事にも気付かないアオヤに更に気分を良くし、意地悪にも本人に気づかれないよう舌を出した。 ウサギロボに頼り優雅に雪原を走るチナツは、アオヤに哀れみの視線を送りつつも素知らぬ振りで操作し続けていた。やはり親友は私の味方だ。 「ム、君達!もう少しスピードを上げてはくれないか!!ここは君達の適した狩場ではないから、攻撃された時はかなりの痛手だぞ!!」 「ぐっ……気空波ッ!!!」 先程からだが、雪原のモンスターから攻撃は食らっている。それを交わしながら逃げ、走っているのだ。 サムさんの忠告を真正面から受け取ったソルトは何処か険しい表情で、私達に襲い掛かる敵の氷魔法を自らの技で溶かした。 「わっ、ソルト、ありがと……」 「……言われなくても、分かっている」 怒気を孕んだ雰囲気を纏わせ、低い声で唸るようにソルトが呟く。それは私やアオヤに対してではなく、すぐにサムさんに向けての言葉だと気づいた。 特に気になるような発言ではなかったのだが、ソルトにとっては癪に障るようなものだったのか。それにしても、移動を開始した時から機嫌が悪いような気がする。そのままにしておくのも気の毒に感じて、自然と私達の後ろに下がって行ったソルトに声を掛けようとした。
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