一目惚れ

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店の奥から名前を呼ばれ、戻ろうとしたときだった。 縁台に座るお客さんが、ヒェッと短い悲鳴をあげたかと思うと、慌てて縁台から降り、地面に手を突き、頭を下げている。 理奈は何が起きたのか分からず、急いで振り返るとそこには―― 普段は遠くからしか見たことのない、漆間家の当主――漆間和馬が立っていた。 ――え? 突然のことにわけも分からないまま、理奈も慌てて地面に手を突き、頭を下げた。 ――どうして当主様がここにいるの!? 驚きで心臓がバクバクと鳴っている。 「そこの女、顔をあげろ」 静寂のなか、落ち着いた低い声が辺りに響き渡る。 ――誰だろう、可哀想に。何かしてしまったんだろうか。 「おい、顔をあげろと言っているだろう」 ――え?私じゃないよね? そう思いながらも、窺うように恐る恐る目線をあげていくと―― 漆間和馬は理奈の正面に立ち、真っ直ぐに理奈を見据えていた。 ――うえぇっ!?なんで私!?頭下げるの遅かったから!? 大パニックである。当主様に直々に指名されてしまうなんて。 「名はなんだ?」 「り、理奈と申します!」 そう言って勢いよく頭を下げ、地面に額をぴったりとくっ付けた。 名前まで訊かれてしまい、理奈の体は小刻みに震え出す。 ――どうしよう。磔の刑にでもされてしまうんじゃ……。 強烈な不安に襲われる。回らない頭でどうしようどうしようと繰り返していると、頭上から、大きく息を吸う気配があった。 「――理奈か。理奈には、俺の嫁になってもらいたい」 「へ?」 予想だにしなかった言葉に、思わず鼻から抜けたような、ものすごく間抜けな声が出た。 それもそうだ。だって、磔の刑からの俺の嫁なんて……。 磔の刑からの俺の嫁なんて……。 磔の刑からの俺の嫁。 “俺の嫁” 「うええぇっーーー!?」 咄嗟に大声を出してしまい、慌てて口を両手で押さえる。 漆間和馬は、不敵そうに口角をあげて笑っていた。
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