24人が本棚に入れています
本棚に追加
店の奥から名前を呼ばれ、戻ろうとしたときだった。
縁台に座るお客さんが、ヒェッと短い悲鳴をあげたかと思うと、慌てて縁台から降り、地面に手を突き、頭を下げている。
理奈は何が起きたのか分からず、急いで振り返るとそこには――
普段は遠くからしか見たことのない、漆間家の当主――漆間和馬が立っていた。
――え?
突然のことにわけも分からないまま、理奈も慌てて地面に手を突き、頭を下げた。
――どうして当主様がここにいるの!?
驚きで心臓がバクバクと鳴っている。
「そこの女、顔をあげろ」
静寂のなか、落ち着いた低い声が辺りに響き渡る。
――誰だろう、可哀想に。何かしてしまったんだろうか。
「おい、顔をあげろと言っているだろう」
――え?私じゃないよね?
そう思いながらも、窺うように恐る恐る目線をあげていくと――
漆間和馬は理奈の正面に立ち、真っ直ぐに理奈を見据えていた。
――うえぇっ!?なんで私!?頭下げるの遅かったから!?
大パニックである。当主様に直々に指名されてしまうなんて。
「名はなんだ?」
「り、理奈と申します!」
そう言って勢いよく頭を下げ、地面に額をぴったりとくっ付けた。
名前まで訊かれてしまい、理奈の体は小刻みに震え出す。
――どうしよう。磔の刑にでもされてしまうんじゃ……。
強烈な不安に襲われる。回らない頭でどうしようどうしようと繰り返していると、頭上から、大きく息を吸う気配があった。
「――理奈か。理奈には、俺の嫁になってもらいたい」
「へ?」
予想だにしなかった言葉に、思わず鼻から抜けたような、ものすごく間抜けな声が出た。
それもそうだ。だって、磔の刑からの俺の嫁なんて……。
磔の刑からの俺の嫁なんて……。
磔の刑からの俺の嫁。
“俺の嫁”
「うええぇっーーー!?」
咄嗟に大声を出してしまい、慌てて口を両手で押さえる。
漆間和馬は、不敵そうに口角をあげて笑っていた。
最初のコメントを投稿しよう!