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学校も休みがちだったし、何とか受けた高校の推薦の受験が終わってからは学校に行っていない。小学校の卒業前から体が弱くて誰とも遊べなかったから、友だちはひとりもいなかった。
「それに……、明後日から治療、だから」
ぽつんと呟いたぼくの声が聴こえたのか、頭の上で先生が息を呑んだような気がした。
そのとき、ロビーに次の上映案内のアナウンスが響きわたった。ぼくが観たかった映画。だけど、年齢は足りていないし金沢先生にも見つかってしまったし、もう観ることは不可能だ。ぼくは泣きそうになるのを堪えて先生に頭を下げると、シネコンから出ようとした。
「水瀬、ちょっと待て」
とぼとぼと歩きだしたぼくの二の腕を先生が掴んだ。
「帰るのか? もうすぐ上映だぞ?」
「でも……、もういいです……」
マスクの下でもごもごしていたら金沢先生が、
「水瀬、親御さんに連絡は取れるか?」
ぼくはリュックの中から持たされている携帯電話を取り出した。いわゆるキッズ携帯で登録されている連絡先はお父さんとお母さんと病院しかない。
水色の携帯電話の電源をオンにすると、たくさんの着信がずらずらと画面に表示された。金沢先生も画面を覗き込んで、
「これは全部、親御さんからの電話だな。駄目だろう、こんなに心配させちゃ」
お母さんが電話をかけてくるのはわかっていたから電源を切っていた。ぼくはその一分にも満たないうちにかけられてくる着信履歴を前に項垂れていると、また携帯電話が軽やかな音を鳴らし始めた。
「水瀬、電話に出て。そして俺に代わってくれるか?」
金沢先生に言われてぼくは恐る恐る携帯電話を耳にあてた。途端にお母さんの金切声がぼくの耳に飛び込んできた。
――ユウちゃんどこにいるの、なにしているの、どうして部屋に居ないの、また具合が悪くなったらどうするの。
お母さんは電話の向こうで泣いているみたいだった。ぼくは、ごめんなさい、しか言えない。すると金沢先生がぼくの肩をとんとんと叩いた。
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