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「ありがと。今日も助かったよ。これ少しだけど食べて」
京介が人気のマンゴープリンを差し出した。
「きゃー!いいんですか?食べたいって思ってたのばれました?」
「いいの、いいの。感想よろしくね」
「一子さんのマンゴープリン、間違いないですもん!」
「じゃ、明日もよろしく」
「はい!オーナー、一子さん、お疲れ様でした」
一子はカウンターの隅で小さく微笑むとひらひらと手を振った。
アルバイトを送り出すと、京介はどこかふてくされている態度の一子に言った。
「…さっさと明日の準備してくれない?フェアは1週間続くんだけど」
一子はチラと京介に視線をやると、仕方がないと言った様子でため息をついて重い腰を上げた。
「お前サァ、なんなの、その態度」
ちょうどバーへの切り替え時間で、客はいなかった。振られただなんだと大騒ぎした昨日の今日。まだ引きずっているのだろうが、それにしても仕事中は勘弁してほしい。
「篠ちゃんがいる京にいにはわからないよ」
ボソッと投げ捨てるように言った。
「篠ちゃんに愛されてる京にいには私の寂しさなんてわかりっこない」
一子の一言に京介の中で何かが弾けた。
「…じゃあ、くれよ」
すれ違う一子に聞こえるか聞こえない程の声だった。
「え?」
「じゃあ、くれよ。お前の声、目、身体…雅彦に愛されてる全部、俺にくれよ!」
「きょう、にい…?」
ハッとした。振り向くと雅彦がいた。
「あ、俺…今日、仕事早く終わったから…昨日の残念会を…」
困惑した二つの顔。言葉にしない問いが京介に覆いかぶさってくる。
京介はスマホを掴むと店を出た。後ろから雅彦の声が追いかけてきたが、振り向かずに走り出した。
湿度の高い夏の空気が身体中にまとわりついてきた。重くのしかかる空気の中を走るのは、だんだん身動きが取れなくなるような気がした。
いや。この重さは京介の中に降り積もった澱だ。得られない愛情を乞うて乞うて乞うてーーー濃縮された重く暗い感情。
頬にポツンと雨粒が当たった。
突然降り出した雨に、蜘蛛の子を散らすように人々は逃げる。
京介は雨に濡れるのも構わずに走り続けた。
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