8月21日

3/4
前へ
/18ページ
次へ
「…店…」  ポツリと京介が言った。 「店?あーうん…一子ちゃんがカフェ部分は回してるよ。 なんていうの、アレ?デザートサンド?フードがお休みになっちゃったから代わりに出してみたら好評みたい」 「そっか」  篠は膝の上で組んだ自分の手を弄びながら、じっと足元を見ていた。何か言いあぐねているようだ。 「しの…」 「一子ちゃんからの伝言があるんだけど」  勢いをつけて話し始めた。 「聞いてくれる?」  一子と聞いた途端、身体が強張った。一子と雅彦の事を思うと、まだ逃げたくなる気持ちにはなる。 しかし…京介はかすれた声で、ああと言った。 「これまで京にいにも雅彦にも悪い事をしたと思う。いろいろ話し合った。雅彦からプロポーズされた。ちゃんと向き合っていこうと思う」  篠は泣いていた。京介を見つめてただ泣いていた。篠が泣いているのを見たのは初めてだった。 「そうか」  ついにこの日が来てしまったわけだが、意外と冷静に受け止めている自分がいた。 一子と雅彦の事よりも、京介といろんな人間の間に挟んでしまった篠の事が気にかかった。 「…入院の日。親父と何を話したの?」  篠にティッシュを渡す。 「長い事、言えずにいた事を謝ったら、逆に謝られた。そして京介共々よろしくって…頭を下げられた」  終わりは言葉にならなかった。 テレビはいつの間にかバラエティ番組に変わっていた。グルメレポーターがおおげさなリアクションで食事を頬張っている。 「店…クインテリオンさぁ。お前がつけてくれた名前じゃん。俺の名前から一文字とったってのはわかるけど、他に意味があるって言ってたよな。何?」  篠は涙を拭うとまだ少し震える声で言った。 「先輩にたくさん幸せが来ますように」  京介の身体に何かが勢いよく流れ始めた。 「…ありがとう…」  京介が篠に手を伸ばした。二人、静かに抱き合う。ただただ篠の温かさを感じていた。
/18ページ

最初のコメントを投稿しよう!

10人が本棚に入れています
本棚に追加