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「…店…」
ポツリと京介が言った。
「店?あーうん…一子ちゃんがカフェ部分は回してるよ。
なんていうの、アレ?デザートサンド?フードがお休みになっちゃったから代わりに出してみたら好評みたい」
「そっか」
篠は膝の上で組んだ自分の手を弄びながら、じっと足元を見ていた。何か言いあぐねているようだ。
「しの…」
「一子ちゃんからの伝言があるんだけど」
勢いをつけて話し始めた。
「聞いてくれる?」
一子と聞いた途端、身体が強張った。一子と雅彦の事を思うと、まだ逃げたくなる気持ちにはなる。
しかし…京介はかすれた声で、ああと言った。
「これまで京にいにも雅彦にも悪い事をしたと思う。いろいろ話し合った。雅彦からプロポーズされた。ちゃんと向き合っていこうと思う」
篠は泣いていた。京介を見つめてただ泣いていた。篠が泣いているのを見たのは初めてだった。
「そうか」
ついにこの日が来てしまったわけだが、意外と冷静に受け止めている自分がいた。
一子と雅彦の事よりも、京介といろんな人間の間に挟んでしまった篠の事が気にかかった。
「…入院の日。親父と何を話したの?」
篠にティッシュを渡す。
「長い事、言えずにいた事を謝ったら、逆に謝られた。そして京介共々よろしくって…頭を下げられた」
終わりは言葉にならなかった。
テレビはいつの間にかバラエティ番組に変わっていた。グルメレポーターがおおげさなリアクションで食事を頬張っている。
「店…クインテリオンさぁ。お前がつけてくれた名前じゃん。俺の名前から一文字とったってのはわかるけど、他に意味があるって言ってたよな。何?」
篠は涙を拭うとまだ少し震える声で言った。
「先輩にたくさん幸せが来ますように」
京介の身体に何かが勢いよく流れ始めた。
「…ありがとう…」
京介が篠に手を伸ばした。二人、静かに抱き合う。ただただ篠の温かさを感じていた。
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