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ひと通り身支度を終えて、玄関から外に出る。
閉めたドアの施錠を確認して振り向いた瞬間、風が吹いた。
桜吹雪が視界を埋める。
街路樹の桜が、二週間ほど早く満開にした花びらを一斉に散らしていた。何を思ったのか入学式や始業式の遙か前、三月の半ばに開花した今年のソメイヨシノだったが、これまた、照れ隠しでもするかのように、あっという間に満開になって花弁を散らしている。
お陰で学年末の終業式前に桜吹雪を愛でるという、季節感のない風流を味わいながら、日本の四季が、いや、世界の気候が微妙に乱れつつある気配に思い及ぶ…余裕など当然無く、始業時間を気にしながら駆け足で登校していたゲンキの背中に、突然、ドンっと衝撃が奔った。その圧力で身体が前につんのめる。
「おいっす! 帰宅部!」
同時に、竹光ケイの声がした。クラスメイトだ。
「しつこいぞ」
挨拶は返さず、「帰宅部」の意味するところに反応して応えるゲンキ。
「なんだぁ。今だって、ちょっと後ろから小突いただけでヨロヨロしたじゃんか。足腰弱ってんだよ、どこが元気なんだよ、ゲ・ン・キ・くん」
明らかに敬遠しているゲンキの態度にも臆さず、強引に肩を組んでくるケイ。肩まで伸びた彼の長髪がゲンキの頬を撫でる。
だいたい、万条目ゲンキのゲンキは元気のゲンキではない…ん?…えっと何のゲンキだっけ。と、思案しているゲンキの背中を更にバンッと叩いてケイが続けた。
「我がサッカー部で鍛え直した方が、宜しいんじゃないですかい?」
ゲンキは、ケイと同じクラスだ。しかも、一年生一学期の初めからほぼ一年間、幾度かあった席替えも乗り越えて、ゲンキの横には悉くケイが座った。それはもう腐れ縁で済ます訳にはいかぬ、超常的な何かを感じるほどであった。
因みに、ゲンキは正確には帰宅部ではない。
天文部である。
いわゆる幽霊部員というヤツで、部員数の減少から廃部になりそうだった天文部救済という名目で名前を貸しているのだ。
現在、高校一年生であるゲンキが通う学校の名は、『星降高校』という。「星が降る」と書いて「せぶり」と読む。難読である。ロマンティックで好きだという意見と、母校を説明する時にひと手間余分で面倒だと、評価が二つに分かれる校名だ。星降高校は、その校名が一癖あるだけでなく、校則もなかなかユニークだった。
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