宇宙環境保全局 ダークマター排出削減課

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 彼も私達とは違う進化をした精神知性体の種族だ。つぎの仕事に備えた予行練習で、現在は私同様に物理義体と融合しているが、やはり、物理法則の体感という概念に疎い傾向にある。 「で、現地人類と接触するためのインターフェース用義体は君に任せて良いんだね。経験者という事で」 「万事抜かりなし」  返事をしながら現地で名乗るための仮氏名を選んだ。私は、現地知性体の固有名の例(なにか娯楽産業従事の著名人らしい)から適当に選んだが、彼はどうするのだろう。そういえば、彼の種族には自分の固有名称というものに特殊なポリシーがあって、偽名という概念を受け付けないのだっけ。  それにしても、今回の任務は気が進まない。  先進文明が、分岐平行宇宙の弊害に気づく前とはいえ、欲望に任せたタイムトラベルをした挙げ句、そのツケを進化途上文明に、いわば弱者に押しつけようとしているのだ。  単純な分岐時間軸であれば、その起点となったタイムトラベルを、それ以前にタイムトラベルして無かった事にすれば、完全に消滅させられる。  しかし、分岐した時間軸上で更にタイムトラベルをした場合、多重に分岐した時間軸が絡み合い、起点をキャンセルしても、キャンセルした時間軸そのものが新たな時間軸として更に増えてしまう。いわゆる『多重分岐不可逆原理』だ。  その為に、既にタイムトラベルを複雑に繰り返してできた現在の平行宇宙は無効にする事はできない。  だから、これ以上のダークマター増加を防ぐには、新規のタイムトラベルを規制するしかない事は理解できる。これは誰かがやらねばならない、憎まれ役なのだ。  しかし、それは同時に「先駆者のエゴ」である事も間違いのない事実だ。タイムトラベルが実現しようとも改善される事のない摂理。  いつか、科学は、万人に遍く平等な幸福を与えられる事が出来るのだろうか。  私は、憂鬱な気持ちで仕事の手順を確認する。まずは、現地知性体全員の思考器官をスキャンして該当者の探査…あっ。ミスがある。  正直、落ち込んだ。
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