だって、泣いてても仕方ないじゃない

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 オレの心の声が聞こえたのか、二人同時に顔を挙げた。  人懐こそうな目をした、ストレートの黒髪の方は、黒ぶちの眼鏡を掛けていて、意外と肉感的な唇を緩やかに曲げて笑った。  もう一人の方は、一瞬だけオレを見ると、すぐに興味を無くしたようで、下を向いて手を動かし始めた。  …何しているんだろう。  なんだか気になって、ゆっくり近づいた。 テーブルのこちらから、向こうを覗き込むと、その人の手元が見えた。  うっわ!  細かい刺繍!  柔らかいクリーム色の生地の上に、満開の桜の花が刺繍されている。 川岸に沿って植えられた桜並木は見事に満開で、散った花びらが川面に浮かんでいる…知ってる、これ、花筏って、呼ぶんだ。 「うまいもんだろ」  刺繍している本人じやなくて、黒ぶち眼鏡の方が、得意げに声をかけてきた。  その柔らかい声に、素直に頷いた。
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