罪悪感

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それからしばらくしたある日の夜。 自宅の寝室で眠っていた博士は、何か物音で目が覚めた。 寝ぼけ眼で薄暗い部屋を見回そうとすると、不意に電灯が点き、眩しさに目を細める。 次第に目が慣れてくると、そこには見覚えのある青年の姿があった。 例の薬を投与した、あの青年である。 「これは一体どうしたことだ。改心したはずの君が、こんな時間に他人の家へ押し入るとは……」 明らかに住居侵入という罪を犯している。 青年の思いがけない行動に、博士は恐怖よりも先に困惑を覚えていた。 いかにも思いつめた様子でたたずむ青年は、静かに口を開く。 「あなたの持ってきた薬を飲んでからというもの、僕は別人のようになってしまった……」 「ああ、その通りだ。もう窃盗癖という精神的問題からも解放され、これからは善良な市民として生活ができるだろう。素晴らしいことではないか」 しかし、青年は首を大きく横に振る。 「そう簡単な話ではありません。一度犯した罪というのは、何をしても帳消しにはならないんです。僕は罪の意識に押しつぶされそうになりながら、それを誤魔化すように良い行いを心がけています。しかし、あの薬が普及し、僕のように苦しむ人間が増えることを考えると、あまりに憐れでなりません。博士、あなたのしたことはとても罪深いのです」 「私が罪深いだと? とんでもない理屈を言い出す奴だ。元はと言えば罪を犯した本人に問題があるのだろう。それを私のせいであるように言われても困る」 「この苦しみが分からないからこそ、そんなことが言えるんですよ。とにかく、これ以上あなたの好きにさせるわけにはいきません……」 強い決意を滲ませた言葉。 青年のただならぬ様子に、さすがの博士にも恐怖がよぎる。 「まさか、私を殺すつもりか……そんなことをしても何の解決にもならないぞ」 声を震わせる博士に、青年もまた泣きそうな顔で言った。 「殺人なんてそんな罪深い真似ができるわけないでしょう。どうすれば分かってもらえるのか、僕も必死に考えたんです」 それを聞いて博士は少し安堵した。 考えてみれば、薬の効果が出ている以上、大きな犯罪などできようはずもないのだ。 罪悪感に訴えれば、説得だって難しくはないはず……。
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