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確かに彼は40代で僕は35歳だが、年齢以外に彼を尊敬する理由も見当たらない。年齢が上だろうが何だろうが、僕は尊敬のできないものを「目上の者」だとして敬称をつける気にはなれなかった。それに、韓国の名前の呼び方やルールにも全く興味はない。
僕は彼をドンソクと呼ぶことに決定して、でもあえてそれは口に出さずに、ただうなづいた。
「ところで、死因はくも膜下出血で間違いないんだよね?」
「ああ、宗也も見ただろう。無重力に入った時に我々の頭にも血は上ったが、あの顔の腫れあがり具合はそんなものじゃない。……たぶん無重力が引き金になって脳内の血圧が上がり、出血を起こして死亡したのだろう。脳内の出血でこうも早く死亡したのだから、くも膜下出血である確率が高い。まぁあくまで素人の診断だがね」
地上で生活をしている僕たちの血液は、重力により下半身に集中している。
これが宇宙に出て無重力状態になると、血液は全身に均等に分布することになるため、健康な人でも顔はむくみ、血管も浮き出すのだ。
数日から数週間で心臓も環境に順応し、それも少しずつ収まるのだが、血圧や何かに健康上の問題を抱えている人にはそれが致命傷になることもある。
もちろんパイロットなのだから、その辺りの診断は受けた上での搭乗ではあっただろうが、あり得ない話ではないと、ドンソクはネットで調べた知識を語った。
「じゃあ、殺人じゃなかったってことで良いね?」
「ふむ、今のところは事故死……あるいは病死の確率が高いな」
「だろうね。まぁ僕は最初から分かってたけど」
ドンソクの故郷ではどうだか知らないけど、だいたいどこの世界でも、小説みたいに簡単に殺人事件が起こったりしないものだ。
鼻息荒く勝利宣言をした僕へ蔑むような視線を向けて、ドンソクが反論しようと口を開きかけたとき、船内に緊急事態を知らせるアラームが鳴り響いた。
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