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「ヨランダ! 通話は終わりだ、来い!」
一触即発の僕たちを心配げに見ていたヨランダは、突然背後からかけられた言葉に身をすくめ、苦しげに返事を返すと立ち上がる。床を蹴り、空中を漂って彼女が向かった先では、先ほどヨランダの肩を抱いていた黒い肌の男がドアに手を掛けて立っていた。
男は襟首を掴み合ったまま宙を漂っていた僕たちをひと睨みすると、いきなりヨランダの頬を叩く。
反動で壁にぶつかった彼女を顧みもせず、僕たちを睨む目にさらに力を込めた男は、信じられないことに宇宙船の中で唾を吐いた。
「チンクども、人の女の前で良い恰好をしようとするんじゃねぇ。ヨランダ、お前も色目を使う相手は選ぶんだな」
「失敬な、私は中国人じゃない。私は韓国人のパク・ドンソクと言うものだ。訂正してもらおうか」
僕の襟首を離したパク・ドンソクと名乗る長身の男が、居住まいを正して黒い肌の男へと視線を向ける。
「何か誤解をしているようですね。別に僕たちはヨランダさんの前だからと言ってつかみ合っていたわけじゃありませんよ。それより、いきなり女性を殴るとは感心しませんね」
最後に一応「それから、僕は日本人です」と付け加えたが、男はうるさいハエでも払うように、顔の前で手をパタパタと動かしただけだった。
「俺のものを俺がどうしようがお前らには関係ない。それから俺は、種族的に劣るホンキーにもイエローにも興味はない。……分かったかイエロー?」
僕らを無作法に指差して差別用語を連発した男は、やっと立ち上がったヨランダを引きずるようにして部屋に入っていく。
もうさっきの喧嘩の続きをするような雰囲気でもなくなった僕たちは、それぞれにソファへと腰を下ろした。
別にここに居る必要もないのだが、先にここを離れるのは何だか負けたような気になる。
パクへのそんな子供のような対抗心から、僕はペットボトルの紅茶をことさらのんびりとすすり、さもくつろいで居るかのように首をぐるりと回した。
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