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(………あなたの笑顔が見たいわ)
空に薄白い明るみが広がる。柔らかい光が辺り一面を照らし始めた。真っ白な墓石に光が反射してきらきらと輝く。哀しい場所であるはずなのに、柔らかな光が満ちるその場所が女は好きだった。
ああ、無情にも世界は変わらず廻り続けている。ただ男と女の時間が止まってしまっただけだ。
___否、男が望めば男の世界はまた廻り始める。女が幾ら望んだところで女の世界は廻らないが、男は違う。また笑うことだって出来るようになるはずなのだ。
「...お兄ちゃん!!」
遠くから男を呼ぶ少女の声が聞こえた。パタパタと丘を駆け上がって男の側へ来ると、ふわりと大きめのブランケットで男を包み込んだ。後ろからぎゅっと抱きしめる。そんな妹にさえ男は反応を示さなかった。
妹は暫くの間男を抱きしめていたが、太陽が完全に姿を現すと、男に帰るように促した。跪いたまま動かない男を無理矢理立たせ、腕を引く。男はされるがまま立ち上がったが、そこから動こうとはしなかった。そんな兄の様子を見兼ねて、妹は小さく瞳を揺らした。
「...朝ごはん食べたらまたここに来よう?ね?」
だから帰ろう、と小さな子を宥めるように兄を見上げる。兄はこくりと頷くと、今度は腕を引かれるまま歩き出した。ふらふらと覚束無い足取りで歩く、小さくなった背中を女は見送る。
(...ごめんなさい)
こんなに苦しい思いをさせてしまって。あんなにも柔らかく笑う人だったのに。今はもう見る影もない。
丘に聳え立つ木がさわさわと風に揺れる。女を慰めるかのように。女はゆっくりと目を閉じると神に祈った。
(ああ、どうか)
彼に幸せを。彼の世界が廻り始めますように。涙を流すことがなくなりますように。
(彼のあの笑顔がまた見れますように)
それまではいつまででもここから見守っていよう。たとえ触れられなくても、彼の右手に寄り添い、涙を拭ってあげよう。そう、彼女は心に誓った。
(きっとその時が天国に行く時なんだわ)
__Fin.
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