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(こんなに泣く人だなんて知らなかったわ)
男は出会った時から柔らかい笑みを絶やさない人だった。その笑みに惹かれたのだ。この人が笑うのを隣でずっと見ていたい。この人と一緒ならずっと笑っていられる。幸せになれる。そう思った。
そしてそれはその通りだった。喧嘩をすることもあったけど、それでも笑っている時間の方が多かった。幸せだった。その幸せはこのまま続くんだと思っていた。
(そんなことあるはずないのに)
男と幸せな暮らしを始めて数年後のことだった。医者に余命を告げられた。 当たり前の幸せが当たり前ではなくなることを告げられた。
男とふたりで1日だけ泣いた。男が泣くのを見たのはその日だけだった。そして2人で決めたのだ。幸せな思い出をたくさん作っておこうと。2人だけの時間が確かにあったことを残しておこうと。
さよならの約束をした。ほんの少しの間だけお別れするだけだからと。またいつか会える日が来るからと。その日まで天国で待ってるね、と約束した。
それなのに。
(約束を破ってることになるのかしら)
気付いたらここに居た。名前を呼ばれていると感じた次の瞬間には、自分の名前が刻まれた墓石の側で、愛する男が自分の名前を呼びながら泣くのを見ていた。それからずっとここに居る。天国なんて本当はないんじゃないかと思ってしまうくらいにここから離れられない。
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