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 生きている実感を得るのは痛みじゃないこと、やっとわかった。  和泉芹称(いずみせりな)にとって、国内アーティストのライブコンサートに来るのはこれが初めてだった。千人ほど入ると思われるその会場は、男女入り乱れた観客で席は埋め尽くされている。  ステージに向かって少し右よりの前から三列目。誘ってくれた友人に興奮して言われるまでもなく、すごくイイ席なのはわかっていたが、ファンでもなければ、たいして関心のあるわけでもない歌手では、彼女と同じようには盛り上がれない。それでも、開演時間が迫るにつれ、それなりの高揚感に身を任せていると、それまで会場に流れていた音楽が途切れ、客電が落ち、個々のざわめきが一つの歓声に変わった。  隣に立つ友人は正面を向いて、今日の主役が出てくるのを、祈るような姿勢で待っている。  ステージと客席を飛び交う光と音が観客を煽る。そして、彼女が現れた。ステージ中央に下からせり上がってきた、白の丈の短いドレス姿の女の子。初めて見る彼女に、 (かわいい……)  周りの、悲鳴に近い歓声に圧倒されながら思った。 「わたし、男見る眼、なかったんだね…」  目の前に置いたカシスオレンジの入ったグラスを両手で包んで小さく呟き、芹称が口を尖らせると、彼女の正面に座る永橋結衣(ながはしゆい)は、 「『そうだね』って言うのも、『そんなことないよ』って言うのも、ダメなんだよね?」  と、困った顔で小さな笑みを作った。 (こんなの、失恋の内に入んないもん。あんなヤツ、こっちから願い下げだよ)  芹称は、どう慰めようかと心を配ってくれている友人ではなく、手の中にあるグラスに入った氷を見つめ、自分に言い聞かせる。  飲み会で知り合って、「ちょっといいかも」と思っていたら、家に着くころ向こうからラインが来て、三日後に二人きりで会って、安易に付き合い出して三ヶ月。それなりに上手くいっていたし、まさか四ヶ月目に突入してすぐに浮気されるとは、思ってもいなかった。相手はよりにもよって、話しても全然楽しくない、頭が空っぽのクラスメイト。あんなののどこがいいのだ。何であんなのに目移りするヤツと付き合っていたのだろう。  わざと口を滑らせ、聞こえよがしに言って、得意気に自分を見てきたクラスメイトの眼が脳裏をちらつく。  
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