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二人は今日も会っているのだろうか。とか、考えて凹みたくない。
問い詰めた電話の向こうで、ほんの少し躊躇っただけで、嘘を吐こうともしなかったロクデナシを相手に、絶対、泣いたりしない。
普段は何もできないくせに、男のことになると計算高く振舞うあんな女に泣かされるのなんて真っ平だ。
はっきり言って、傷ついたというよりも、腹が立って仕方がなかった。
ショックを受けて帰ったと思われるのは嫌だったから、授業は最後まで受けた。行きたくないと言い出す自分を押し殺して、いつも通りバイトにも行った。そして今、昼間の一部始終を隣ですべて見て、聞いていた結衣からの電話を受け、二人はチェーン店の居酒屋で飲んでいる。
「ごめんね?」
「なにがー?」
「―――」
枝豆を食べながらとぼける結衣を、芹称が上目遣いに無言で見ると、
「わたしのもしもの時にはちゃんと付き合ってもらうから」
結衣は、笑い掛けるでも、慰めの眼差しを向けるでもなく、授業のノートを貸す時と同じ態度でさらりと言った。そして、
「だから、先に恩を売っとくね」
両手をお絞りで拭くと、鞄の中をあさり出し、そこから取り出した横長の、薄っぺらい封筒をテーブルの上に置き、
「これ、一緒に行かない? もちろん傷心の芹称はわたしのおごり」
と笑った。
封筒の中身はライブチケットだった。
去年の春デビューしたばかりの、アーティストなのかアイドルなのか、いまいち判別のつかない女性歌手、沢村柚葉(さわむらゆずは)。世間での認知度がどの程度のものなのかは分からないが、邦楽に疎い芹称は、結衣からチケットを渡されるまで、彼女の存在をはっきりとは知らなかった。名前を聞いたことはあるが、顔は思い出せない。たぶん、タイトルは知らないが、あの曲を歌っていたのが彼女だったような気がする。そんな程度の認識でしかなかった。だが、せっかくの奢りを断る理由もなかったので、ありがたかく同行させてもらうことにした。
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