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 九月の中旬、夏休みももう残りわずかとなったその日、バイトを終え、仲の良いメンバー三人と飲みに行った帰り道、芹称はまっすぐに帰らず、近所の公園に立ち寄った。アルコールで火照った身体に夜風が気持ち良かったし、ムードも何もない一人の部屋に帰って、今の楽しい気分の余韻を消したくなかったのだ。 (風気持ちいー。月キレー)  誰もいない深夜の公園。少し危険かな。とも思うが、酔った頭では、本気の危機感を持つことはできなかった。  空を見上げながら中に入っていき、少しでも近い位置で月を見ようと、ジャングルジムに登り出す。 「んしょ」  緩慢な動きとともに声を出しながらいちばん上まで登りきった。 (こんなの何年ぶり? 気持ちいー)  やわらかく吹く風に、背中まで伸びた髪を好きにさせ、一人微笑んで、少しオレンジがかった月を、眼を細めて見上げる。 (今日って満月だっけ? あれ? 違う? 違うか。上の方、ちょっと欠けてる……)  届くはずのない、少しだけ欠けた円に見える球体に手を伸ばし、芹称は、ふと頭に浮かんだ歌を小さな声で口ずさむ。     寂しさなんてずっと知らない あなたがここにいるから    眼と眼見つめて 手に手を取って 二人で    身体が覚えた見上げる角度 絡める指の感覚    会いたくて互いを求め合うのも 二人一緒がいい  そこまで歌って、続きを歌うために息を吸い込み、吐き出そうとした時、聞こえてきたのは自分の声ではなかった。ジャングルジムの下から聞こえる声、それは、 (オリジナル…、だ……)  沢村柚葉が、すぐそこで、歌っている。  近づいて来るその姿を呆然と見つめ、芹称は、小さくても良く通る声に耳を澄ませる。  計算された演出のように、ジャングルジムの前で歌が終わっても、しばらくぼうっとして何も言えない。目を大きく見開いて、口は半開きで、下から自分を見上げてくる、可愛く、綺麗に整った顔をまじまじと見つめることしかできない芹称とは違い、柚葉は口許に弧を描いて笑い掛けてきた。それが、確かに自分ひとりに向けられたものであると理解すると、 「すごーい! 本人だぁ。びっくりだー。すごーい、すごーい」
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