春の来ない里

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雨粒が小雪の心を抉る。 今昔森には鋭利な雨が突き刺さる。 小雪がふらふらとした足取りで目指す先には焼け跡だけが残っている。桃色のくすんだ小袖は返り血に濡れている。履いている草鞋の紐は切れ、足の親指と人指し指のあいだには血液が滲んでいた。雨粒に弄ばれた髪からは雫が落ちていく。 小雪の瞳に映る景色は尋常ではない。 今昔森は燃え尽きていた。大地には焦げた針葉樹が転がっている。針葉樹に紛れて人の遺体と犬の遺体が地べたにあった。小雪は避けもせずにその上を歩く。瞳の色が死んでいた。絶望に身を委ねているようであった。 明るい太陽とは裏腹に死にそうな雰囲気を纏わせている。 小雪が向かうのは湖だった。誰かが生きていればそこが集合場所となっているはずだ。 誰かが生きていれば。 小雪の足取りは遅くなる。万が一にもそんなことは無いのだ。誰も生きてはいない。殺されたのだ。犬という家畜の群れに襲われたのである。分かってはいた。理解していた。それなのに泪は出てこない。流れない涙の代わりに絶望を感じたままの色のない眼差しが行く先を見つめていた。 森は炎に炙られ、今朝の大雨で鎮火した。雨が降らなければ小雪の身体は焼けていたであろう。 小雪は湖が見えてきたところで足を止めた。もう死んでもいいと思っている。生きることに執着もなかった。命を絶つならここでよい。
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