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そんなに家から遠くない実家に帰ると、両親は少し驚いた顔をしたが、伊吹の顔色を見るともう何も深くは聞いてこなかった。専業主婦の母が賢太の面倒は任せなさい、と言ってくれたことが救いだった。 その日の夜、私は一人で当てもなく家を出た。ちゃんと今日中には家に帰ると両親に告げた。 車を港に向かって走らせた。流れていく街灯が古ぼけた8ミリ映画みたいに色褪せて映った。 そうだ。時生は最近、否定的な言葉を発するようになっていたんだとふと思う。今回の飲み会のことだけじゃなかった。嫌いとか、嫌だとか、やめろとか。繰り返されるたびに不快だった言葉の断片が、輪郭を表わす。 深く知りもしない人、会ったこともない人のことを否定するのは、伊吹が一番嫌いなことだった。自分が好きな人間のことなら、尚更。伊吹にとって、大切な人が大切にしている人や物、考え方はすべて、自分にとっても大切なものだった。自分の意思もあるが、知らないものに対しては意思の持ちようもない。それなのに、どうして時生は彼らを否定したのだろう。答えは出ないまま、港への道は終わりを迎えていた。 車を停めると、運転席に座ったまま海を眺めていた。なにもかもが切り離されて一人になったようだった。ぽつんと地球でたった一人、自分しかいない。見渡す限りの闇にぽつぽつと見える明かりは、港沿いにつづく道路の街灯だろう。それも、なんだかひどく遠く見えた。 ブーー… 携帯が着信を知らせたことで、意識が現実に引き戻された。画面を見ると、“狩野知樹”と表示されていた。ほんの少しためらってから、通話のボタンを押す。 「はい」 自分でも分かるほど、声に負の感情が混じっていた。 『もしもし、伊吹?こないだ、悪い!つい熱くなって、出過ぎたこと言った』 唐突に勢いよく謝られたことで、一昨日、狩野たちと会ったことを思い出した。たったの二日しか経っていないことが恐ろしくなった。 「ううん…大丈夫」 伊吹の声に、電話の向こうで狩野が一瞬言葉を詰まらせたのが分かった。 『…なにかあったのか?』 居酒屋のときよりも深刻な声色でそう聞かれた。 「うん。家を、出たよ」 「え…」 息を飲む狩野の表情が見て取れるようだった。
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