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それから、一昨日の夜から今までのことをすべて、ゆっくり狩野に話した。真剣に聞いてくれているようで、所々で相槌のような声が聞こえた。 一通り話したところで、狩野はやっと口を開いた。 『そっち行くから、そのままそこにいろよ』 有無を言わさないような、けれど断らないことも分かっているような、そんな声だった。 30分もしないうちに狩野はやってきた。すぐに車から降りて、伊吹の車の運転席側に駆け寄ってきた。 「お前、暖房入れてねぇのかよ。こっちの車乗れ」 そう言われて初めて、自分の体がひどく冷えていることに気付いた。今日はこんなに寒かったのかと、頭の隅で思った。 狩野の車に乗り込むと、何を話すでもなく二人で海を見ていた。ふいに、お疲れさんと言いながら彼に頭をぽんぽんと撫でられて、たったそれだけで途端に涙が溢れ出した。 ずっと、いつだって泣きたかった。泣いて、喚いて、誰か助けてって叫びたかった。でも、どこで泣けたのだろう。誰かが助けられるものでもないことを深く考えるまえから分かってしまって、そしたらもう何もできなかった。 「知ってるか?泣くとそれだけで、ストレスって軽減されるらしいぞ」 ひとしきり泣いた伊吹に、茶化すように狩野が言った。彼女がそれで少しだけ笑う。 「お前さ、結婚したこと後悔してんの?」 狩野がなんでもないことを話すように尋ねる。 「後悔かぁ。してないって言えば嘘になるかも。でも…やっぱり、人生やり直しても、あたしは時生を選んじゃう気がするんだよね」 ひとつ、気付いたことがあった。どこかで心に残っていたはずの、先ほどまで優しくただ撫でていてくれたそこにある手はどこまでも温かいのに、泣いているあいだ頭に浮かんだのは違う人だった。 「はは、お前って絶対貧乏くじ引くタイプだよな。相変わらず、バカなのな」 「バカって失礼じゃない?」 「バカみたいに一途ってことだよ」 狩野はそう言って、少しだけ寂しそうに笑った。それを見て、伊吹は困ったように笑った。 「なに、旦那のところ戻んの?」 いや、と伊吹は言った。 「すこし、お互い時間がいると思うんだ。頭を冷やす時間なのか、向こうの仕事が落ち着くまでの時間なのか分からないけど」 もしかしたら別れを決心する時間になるのかもしれない、というのを伊吹は飲み込んだ。
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