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人が生きながらに生まれ変わる瞬間があるとしたら、それは、生涯を共にする人が見つかったときだと思う、と伊吹は言った。あるいは、婚姻の儀の瞬間だと。そう言った彼女をだったら赤子にしたいと思ったのは、時生が彼女に甘えられることをひどく幸せに感じていたからだった。柄にもなくクリスマスのプレゼントに指輪一つを渡してプロポーズをしたら、彼女は本当に赤子みたいに(というには細やかだけれど)泣いて喜んでいた。
そんな二人の薬指のリングが光っていたのはいつまでだったか。
「友達が今度結婚するらしくてさ、みんなで集まろうって話してるの」
夕飯の支度をしながら、伊吹がカウンターキッチンからソファにもたれるようにして晩酌をする夫に話し掛けた。彼はこちらを見ることなく、あぁとかうんとかくぐもった声で返事をした。
「帰りは遅くなると思うから、賢太のことお願いしていい?」
中学生になる息子は、夕飯さえ用意しておけば手間がかかるようなこともない。そう言ったところで、時生がこちらを振り向いた。
「誰?」
「元同僚。宗司って、時生は知らないよね?」
彼女の会社の同僚の何人かには、時生も会ったことがある。結婚式に出席していた数人、付き合っていた頃や結婚してからも、飲み会などの帰りは迎えに行くことがしばしばあったから、そこで顔を合わせた人たち。
「知らん。何人で飲むの」
端的な言い方と、言葉の裏を読み取ることのできない顔。
「4人かな。タケと狩野。あたしも宗司も会社辞めてるから、みんなで集まるのは久しぶりなの」
「…ふーん」
興味があるのかないのか。聞いておいて、ふーんの一言で終わる時生の反応に、伊吹は少しのわだかまりを覚えた。
籍を入れて、その1年半後に子供ができた。それは元々、お互い少し夫婦の生活をしてから子供も欲しいと話していた二人にとって、理想的なタイミングだった。新婚生活が落ち着いてきた頃に、子供ができて、生まれて。それから、伊吹は母になって、時生は仕事人間になった。
賢太の世話をしながら、産後は残業のあまりない仕事に就いた。時生は帰りが遅いことが多く、最近は些細なことで喧嘩になることもあった。いつまでか、喧嘩などしたら別れてしまうんじゃないかと思っていたはずだったのに。喧嘩をすることに恐怖を感じなくなったことが、良いことだとは伊吹はどうしても思えなかった。
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