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談笑する声、オーダーを運ぶ店員。仕事上がりに丁度いいのか、いつもの居酒屋はとても賑わっていた。 「ついに、宗司も結婚かぁ。独り身も俺だけじゃん」 ドリンクを頼んだ後、真っ先に口を開いたのは冴えない眼鏡の狩野だった。 「お前、第一声がそれかよ」 笑いながらタケが突っ込む。ガサツを形にしたような風貌はなぜか憎まれないその人柄も滲んでいて、伊吹は昔から羨ましかった。 「宗司、良かったね」 「サンキュ。もういい歳だからな。これで親もホッとしてくれたかな」 控えめな口調も、穏やかなところも相変わらずだ。みんな少しも変わっていないことが嬉しくて、伊吹はひとりクスッと笑う。 ドリンクが運ばれてくると、4人全員、威勢よく乾杯をした。 「黒桐、なんかあった?」 飲みもある程度進むと、個々で話が盛り上がる。タケが宗司に子供自慢を始めたとき、隣に座る狩野がそう伊吹に声を掛けた。 「え、なんで?」 咄嗟に平静をよそおって、伊吹は笑みで返した。 「お前、なんかあるといつも笑顔崩さなくなるんだよ。気付いてねぇの?」 それは、慣れ親しんだ人間の言葉だった。耳に馴染んで、ひどく胸を締め付けるもの。 「みんなといるのが楽しいからだよ」 「ちがうだろ」 被せるように放たれるその言葉と鋭い眼差しに、伊吹はつい視線を逸らした。 狩野にだけは、どうしたって気付かれてしまう。当たり前だ。こういう距離が当たり前の頃が、たしかにあったのだ。 でも、と伊吹は心を律する。どれだけ親しい人間しかいなくても、団体でいるときに彼女は込み入った話題を振るのを避けていた。一人一人となら、ここのメンバーの誰にでも話せるのに。 「あとで聞くわ。旦那、ゆっくりしてきていいって言われてんだろ?」 さも当たり前のように言われ、伊吹は曖昧に笑って頷いた。向かいの席では、タケが宗司の肩に腕を回して、「早く子供作っちまえ」と笑っていた。 子供。賢太のことは愛しているのに。この心を緩やかに侵食しているものは、何なのだろか。
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