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居酒屋を出ると、嫁が待ってるからと宗司が言って解散になった。タケが駄々をこねたが、それを静かに狩野がたしなめることで収拾がついた。
タケ達は方向が同じだからとタクシーを拾うと、宗司が「ほんとにありがとな」と言って帰っていった。あの二人は、少しも知らない。伊吹と狩野のあいだに、昔あったことなど。
「で?」
静かなバーがあるからと連れてこられた伊吹は、オーダーをしてすぐにこちらを向いた狩野に何から切り出したらいいものかを考えていた。
「…なんでか、分からないの」
少し黙ってから口にしたのは、そんな言葉だった。沈黙のあいだ、狩野は急かすでもなく煙草を取り出して火を付けていた。
「何かが崩れていく音が聞こえるの。それがどのことなのか分からない。そんな、漠然としたざわつきが止まらなくて」
狩野がゆっくりでいいから、と言って、ジャック・ダニエルのロックを傾けた。
そう、漠然とした、これは不安なのだろうか。不満なのだろうか。時生と少しずつ会話が減っている気がしていた。彼は良くも悪くも顔に出さない人だから、感情の機敏に触れることができない。それでも、以前までは分かっていたはずなのだ。得体の知れないものがひたひたと近付いているのだと、伊吹は言った。
「今、仲良くやってねぇの?」
「喧嘩をするようになったんだ。前はもっと、こう言ったらこう返されるからって考えて、話し合いができたのに。今は頭に来たから口に出てるのか、喧嘩をしても別れないと思ってるから言えるのか分からないの」
喧嘩をするたびに、賢太が耳を塞いで部屋に閉じこもる。毎日じゃない。そんなのは、どこの家庭にもあるはずの、取るに足らないほころび。
「伊吹は」
じっと聞いていた狩野が口を開く。名前を呼ばれて、伊吹がぴくっと肩を揺らした。黒桐と彼が呼ぶのは、今でも誰かの前だけだ。
「昔っからそうだったよな。俺が苛々してても、絶対に逆撫でするようなことは言わなくて。お前も頭にきたら、一度冷静になるまでは口も利かねぇの。それで俺の方がビビってた」
掠れた笑いが混じった。
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