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答えが出ないまま、心を侵すものの正体も掴めないままに、伊吹は狩野と別れて家路をたどった。気温は多少上がっても風はまだ冷たい。春まではあとどのくらいなんだろう、とぼんやり月夜を眺めた。何かが侵食していくように、月はその輪郭を薄くしていた。 「ただいま」 午前様になったので、物音を立てないように静かにそう言って玄関の扉を閉めた。奥からテレビの音がして、電気が消えているリビングに顔を出す。 「あれ、時生まだ起きてたんだ」 そう言ってから、起きて待っていてくれたのかもしれないのに、と後悔する。 「あぁ。遅かったな」 時計を見ると、もう1時近くになっていた。 「うん、話が盛り上がっちゃって」 狩野と二人で飲んでいたことは何となく伏せた。 「こんな時間まで飲んで、女を一人で帰すようなやつらと絡むのやめろよ」 声も音もしなかったからだろうか。やめろよ、が強く響いた。 「方向が違うから仕方ないでしょ。それに、タクシーには先に乗せられたよ。一方通行だらけだから、遠回りされるのが嫌ですぐそこで降りたの」 狩野にはタクシー代を半ば無理矢理握らされて、先につかまえたタクシーに押し込まれた。家まで送ると同乗しようとしてくれたのを断ったのは伊吹の方だった。 「それに、大事な仲間がやっと結婚だから。久しぶりだったし、積もる話もあるじゃん」 「こんな歳まで結婚もしてないやつらなんて、ろくな男じゃねぇだろ」 “やつら”の中に、狩野も含まれているのだろうか。 決して言われたくない言葉が胸を刺した。新人研修からずっと、共に厳しいと評判の上司の元でみっちり指導を受けて、愚痴をこぼしながらも支えてくれた仲間のこと。 少しの間、言葉に詰まって立ち尽くしたあと、伊吹が声を落とす。 「タイミングだってある。良いやつらだよ。あたしも何度も助けられたから、幸せになってほしいって本当に思うし」 そう言うと、もう時生からの言葉はなかった。 どっと疲れを感じて、伊吹ももう何も言わずに風呂に向かった。はじめの楽しかった4人での飲みの余韻も、自分を思って言ってくれた狩野の言葉も、すべて伊吹の頭からは消えていた。残っていたのは、時生を否定する狩野と仲間を否定する時生。それだけだった。
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