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ケータイのアラームで目を覚ますと、ベッドの隣は冷たかった。そっとリビングに行くと、ソファであどけない顔で眠る時生がいた。 キッチンで、朝食の支度を始めると賢太が起きてきた。 「おはよー」 まだ眠そうに目をこすっていた賢太がソファの夫を見て表情を硬くするのが分かった。この歳でもう、両親がどういう状態なのか把握できてしまう。させてしまっているのが苦しかった。 今日は土曜日。たしか夫は今日も出勤だと言っていたはずだと弁当を用意した。先に賢太が友達の家に行くと家を出たあと、時生が目を覚ます。無言で支度を済ませて出ていくのを、伊吹は聞こえないほどの声でいってらっしゃいと見送った。今日は何もしたくない。そのままソファに倒れ込むように体を沈ませた。 時生を好きになったとき、伊吹はほかの何もいらないと思った。それでいて、応援してくれるすべての人を大切にしたいと思っていた。 仕事に慣れだした頃、中学時代の同級生に誘われた人数合わせのような飲み会。その中に、調子に乗って笑いを起こす彼がいた。その後、彼が誰とも連絡先を交換しなかったと知って、友人を介して連絡先を交換した。その時にはもう、何かが始まっていたのだろう。付き合うまでに要した期間はほんの10日ほどだった。 「お前、それ大丈夫かよ。騙されてない?」 一番に話して、いつになく心配してくれたのはタケ。普段はあっけらかんと不躾なことばかりを言う友人に、たぶん大丈夫、と言いながらも惚気倒したことが懐かしかった。狩野には一番に言わなきゃいけないと思っていたのに言えないまま、タケから聞いたと逆にカミングアウトをされたときは随分とバツが悪かった。 昔は、狩野を名前で呼んでいた。付き合ってはいなかったけれど、お互いを想っていたのは明白だった。しかし、その頃の狩野には病気の彼女がいた。人はタイミングを逃すと取り返しがつかなくなるものだ。あの時やっていれば、はその後二度とやってこない。 どこでなにを間違えたのだろう。取り返しのつかないなにか。なにかを、たしかに失くしたのだ。
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