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気付くと夕方になっていた。重たい体をそれでもなんとか動かして家事を済ませたあと、食事を摂るのも忘れてまたソファに座り込んでいた。壁掛けの時計が17時40分を示しているが、賢太が帰ってきた様子がなかった。 「あれ、賢太?」 家中見たが、賢太の姿はやはりなかった。休日の門限は17時と言ってあるし、今まで賢太が門限を破ったことは一度もなかった。胸が早鐘を打ち始める。まずすることはと考えて、賢太が遊びに行った友達の家へと電話を掛けた。 『伊吹っ、賢太いたか?』 息を切らした時生の声が電話の向こうで聞こえた。 「ううん。森野さんのところは16時には出てるらしいの。家だってそんなに遠くないのに、いないのよ」 半分叫ぶように伊吹は言った。 賢太の友達の家へ電話をして、いないことが分かってすぐに夫に連絡をしていた。仕事終わりの夫と手分けして、賢太の行きそうなところをひたすら探していた。 「警察に届けよう」 もう2時間は探していた。走り回った体は慣れない運動のせいでボロボロで、振り絞るような声でそれを発した。 『いや、もう少しだけ探す。しんどいなら家に帰ってて。賢太が帰ってきてるかもしれないし』 それだけ聞こえて電話は切れた。 体を引きずるように街を歩いた。どこをどう歩いたのか全く分からないまま、いつの間にか家まで来ていた。すると、家の前で座り込む賢太の姿があった。 「賢太っ」 「お母さん…」 気まずそうな、申し訳なさそうな顔をした賢太が、弱々しい声で母を呼ぶ。 「どこに行ってたの!お父さんもお母さんも、ずっと探してたのよ」 声を荒げて賢太を見る。けれど、その瞳は哀しそうに揺れていた。 「お母さんも…お父さんも喧嘩ばっかりで…僕がいるから、離れられないんでしょ?」 もう、泣きそうだった。子供がこんなことを考えなきゃいけないこの家は間違っている。伊吹はたしかにそう思った。 夫に連絡をして、賢太と二人で家に入った。家で夫を待つあいだ、賢太に掛ける言葉が何一つ浮かばなかった。安っぽいと分かっていても、そんなことないよ、の一言以外は何一つ。 時生が帰ってきて第一声で賢太を怒らないように、賢太には自分の部屋にいるようにとだけ言った。
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